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フィクションの皮を被ったノンフィクション
本日は、佐藤優氏の ”フィクション小説” である 「小説・北方領土交渉 元外務省主任分析官・佐田勇の告白」をご紹介します。
明らかに事実をベースに書かれている
逮捕される”新党大空”代表の「都築峰雄(つづきみねお)」や、それと対立する大物2世議員で外務大臣「中田麻衣子(なかたまいこ)」、首相経験者である「森田義夫(もりたよしお)」、そして都築の腹心である主人公「佐田勇(さだいさむ)」あたりは、ちょっと考えれば(あるいは考えなくても)誰のことだかまるわかりです。他にも、大半の人は「あきらかにモデルがいる」わけです。また、新聞社・報道機関も「築地新聞」だとか「同盟通信」だとか、まぁ、だいたいイメージがつきますよね。
そのうえで、それらの登場人物の行動の理由・背景を事細かに説明し、その際に報道された情報及び裏事情を解説します。例えば、当時の外務官僚の汚職や、権力闘争などについても「それと分かる形」で暴露しています。
もちろん、100%事実だけで構成しているわけではなく、脚色もあるでしょうし、機密に関わる部分には適宜改変が為されていると考えるのが自然ですが、「相当程度の事実」が含まれているのだろうと思えます。
しかし、敢えて「小説」として読むべし
しかしながら、僕は、本書は「小説」として読むべきだと思います。なぜか?
それは、その方がおもしろいからです。もう少しだけ付記するならば、僕たち一般市民が ”真実” を探求しても、特に得るものはないのです。本書を「現実に起こった外務官僚や政治家のドロドロのゴシップ集」として読むよりも、そういう人間臭い関係性の中で「外交」が行われているのだという全体像を感じ取る方が、”現実” を感じることになると思うのですよね。
ただ、小説として本書に向き合った際に直面する、重大な問題があります。それは「登場人物が多すぎて、覚えられない」のです。
対策:登場人物は、現実の人物を「キャスティング」する
書いてある内容が本当かどうかはさて置いて、まずは登場人物を「実在の人」と、できるだけマッピングしましょう。
冒頭に、馬鹿丁寧に、登場人物リストが掲載されています。官僚や新聞記者などは無理でも、政治家は大体「モデル」となっている人が類推可能です。また、外務官僚についても、現実世界において主要な役割を果たす3人が、まえがきの最後に、「関係ないよ」と断りを入れつつフルネームで紹介されています。
この「実在の人」たちのことは「俳優・女優」だと思うと良いと思います。顔が浮かべば、理解が進みます。また、その人たちの関係性については基本的にモデルと思しき人たちのそれと同じですので、背景理解にも役立ちます。
ちなみに、背景理解という意味では、先日ご紹介した佐藤氏の著作 私の「情報活用術」超入門 や、池上彰氏との対談本 新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方 あたりを読んでいただくと良いと思います。(こちらは、正真正銘「ノンフィクションの話」です)
そのうえで、フィクションだと思って楽しむ
人物の多ささえクリアすれば、あとは普通の小説を読むのと同じです。外務省の中でどんなやり取りがあるのか。政治家の意向は、どういうところに影響するのか。ロシアとはどういう物事について、どのような交渉が発生するのか。公式なやり取りと、非公式のやり取り。メディアで意図的に流される情報における、国内向けと国外向けの使い分け。そういうことを「良くできたストーリー」として読み進めていくだけです。
本書の主人公「佐田勇」は、非常に有能で、合理的で、冷静です。彼が、非公式な情報パイプを持ちつつ、それを、表舞台の人間に ”間接的に使わせる” ことで、交渉事がどのように進展するのか、というところは面白く読めます。(ただ、もちろん「フィクションとしての存在」なので、現実世界の人物よりも”イケてる存在”に脚色されていると思いますよ。くどいようですが。)
ちなみに、外務官僚の暴露話などは、僕にとってはあまり面白いとは思えませんでしたが、人によってはめちゃめちゃ面白く感じるのだろうと思います。尚、本書はフィクションです。これを読んで「外務省は全員腐っている」とかいう反応をするのは良くないです。まじめに仕事しているひとも沢山います。真実がどれくらい含まれているにせよ、せいぜい「そういう人もいるんだなl」というくらいに留めましょうね。
本書を通読すると「外交の裏舞台(の雰囲気)」がどのようになっているのかが透けて見えます。エリートも所詮は人間なのだなぁと思うと共に、そんな人間臭い人たちが必死で交渉しているのだなぁということに感銘を受けます。外務省に勤めている知人達も、ほんとに大変な思いをしているのだろうなと思う次第です。頑張ってほしいですね。
参考になる「分析メモ」のまとめ方
一方、コンサルタントとしての立場で本書を読むと、「分析メモ」の書き方に感銘を受けます。
特に、最初に書かれる「重要ポイント」が見事です。サマリーの好例と言えます。引用します。
「7月18日付『独立新聞』に掲載された北方領土交渉に関する西郷、アレクサンドロフ共同論文」
【重要ポイント】
今般、共同論文で西郷和則元外務省ヨーロッパ局長とウラジミール・アレクサンドロフ元駐日ロシア大使が提起したイルクーツク声明の延長線上で、歯舞群島、色丹島の日本への引き渡しと、国後島、択捉島に関しては帰属問題の最終的解決には至らないが、日露双方が何らかの譲歩をするという方向で、両国外務省が交渉を開始し、出口を探る以外、北方領土問題を動かすシナリオは見当たらない。
非常にシンプルかつ、言いたいことが十二分に含まれています。また、誤解も呼びません。別の例をもう一つ。
「日露首脳会談に対する評価」
【重要ポイント】
- 日露首脳会談によって、矢部進太郎首相とウラジミロフ大統領の個人的信頼関係が構築されたので成功した。北方領土問題の解決には首脳間の決断が不可欠であるので、今回の首脳会談で矢部・ウラジミロフの信頼関係が構築されたことで、今後、平和条約(北方領土)交渉が再開される
- 日本側から不用意なリークが続いている状況に鑑み、日露両国政府間で「マスメディアを通じた外交は行わない。お互いの国内向け発言については反応しない」という明示的合意をしておく必要がある。
まさに、サマリーの理想形です。この後ろに続く、【事実関係】および【コメント】を読んでいただくと、このサマリーの「簡潔さ」に再度驚くことになると思います。ご一読をお勧めします。
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最後に:外交とは、非常に難しい仕事
ロシアと交渉するということは、彼らの論理を深く知り、そしてその土俵に乗ったり降りたりを柔軟に使い分けることが重要です。敵を知ることは、敵に似ることを意味します。ロシアという怖い国と「外交的に」関わることは、その人自身も怖い人にしてしまうのかもしれません。
やはり、本書を読んで、言うべき言葉は「おそロシア」に尽きますね。おあとが、、、よろしくないようで恐縮です。
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