多面的に物事を見る、とはどういうことか
本日は、元外務官僚である佐藤優氏の 私の「情報分析術」超入門 をご紹介します。
「佐藤優」とはどういう人?
著者の佐藤優氏は、鈴木宗男氏の懐刀として、対ロシア外交におけるキーパーソンでした。また、「国際情報局」において”インテリジェンス”と呼ばれる高度な情報処理能力を持った「プロ」を育成しようとしていた人物でもあります。
佐藤氏は、鈴木宗男事件(wikipediaをご参照ください)に絡んで逮捕・起訴されましたが、これによって「対ロシア外交は10年遅れをとる」と評されたそうです。
また、その逮捕によって、佐藤氏が育成した、佐藤氏レベルの「情報活動」ができるインテリジェンス20名の氏名を、外務省が”省益”のために週刊誌にリークして使えなくした、などというエピソードもあります。
なかなかの怪人物だと言えます。
(※これらのエピソードは、藤原正彦氏の対談集「日本人の矜持」を元にしています。)
”インテリジェンスンス”のお作法
本書は、非常に「読み物として」面白い本です。
専門であるロシア外交の話、国内は特に沖縄問題(切り口として、対中国の視点+それとバランスをとるべき対ロシアの視点が含まれます)を中心に、アジア諸国やアメリカ論など多岐にわたってとりあげていますが、普通に生きていては想像しにくい内容が多いです。また、文章も平易で読みやすいです。(やや、劇場型≒激情型な傾向はありますが、初出先=週刊アサヒ芸能の読者層にあわせたということかなと思います)
「2年後にはいないオバマと、10年後もいるプーチンのどちらを重視すべきか」という論点は、僕は考えたこともありませんでした。いやはや。世界は広い。
しかし、それよりも重要なのは「文法を知ろう」というお話です。
※尚、本書を読まれる際に一点気を付けていただきたいのが「時系列じゃない」ということです。正確に言うと、各章の中では時系列なのですが、章が変わると初出が古いものにもどってしまうため、一瞬「あれ?」となります。巻末の「初出一覧」と照らし合わせながら読むことをお勧めします。 (書下ろしも混じっています)
インテリジェンス=地頭は鍛えられる
少し長いですが引用します。
そもそも「インテリジェンス」(intelligence)とは、生まれつき持っている総合的な理解力で、賢明さ、洞察力とともに経験から学ぶ能力、あるいは道の事態に遭遇して、対応する能力を指し、人間だけでなく、動物に対しても用いられます。これに対して「インテレクト」(intellect、知性、知力、有識者)という言葉は、人間に対してのみ用いるものです。
インテリジェンスとは、学校秀才型の「よい成績をとる」のとは異なる「地アタマ」のことです。地アタマというと生まれつきのものなので、後天的に訓練しても身につかないもののように思われますが、そうでもない。人間の能力は、先天的な要因と環境や経験が作るものなのです。
たとえば、戦場を何度も潜り抜けた兵士は、危険を皮膚感覚で察知できます。(中略)熟練した情報屋ならば、情報提供者が持ってきた情報の真贋は「臭い」で判断できるものです。
ここで筆者は、あえて「皮膚感覚」「直感」「臭い」などという、感性的な用語を使いましたが、実はこれは完成というのではなく、言語化が非常に難しい経験知なのです。
この言語化困難な経験知こそが、インテリジェンスの革新なのです。
こういう長い引用文だと、読みとばしちゃう人も多そうなので非常に簡単に言うと
- インテリジェンス=地頭。
- 地頭は経験によって鍛えられる。
ということです。
本書では、このスキルを「文法を知る」「文法が分かる」と表現しています。経験知によって「情報の文法が分かる」ようになれば、与えられたインプット情報を、正しく解釈することができるわけですね。情報処理は、結果はもちろんですが、インプットをアウトプットに変換するプロセスが重要なわけです。「考える」ということと真摯に向き合わないと、情報処理はできないわけですね。
傾倒するな、バランスを取れ
本書は、前述の通り、読み物として非常に面白く、また、一つの「見方」「切り口」として非常に興味深いです。
世の中のマスメディアの「偏り」とは、一線を画していると言って良いでしょう。しかし、その一方、佐藤氏自身も「偏っている」のは間違いありません。
本書を読んで感じた感覚は、一時期話題となった(最近は、それほど隆盛ではないのかもしれませんが)小林よしのり氏の「ゴーマニズム宣言」を読んだときに感じたものと似ています。つまり「傾倒すると、見誤るかもしれない」ということです。
本書の第一章で、佐藤氏はこのように述べています。
新聞を読むポイントはもう一つあります。忙しくても、複数紙を併読することです。一つの出来事に対する各紙の報道姿勢や視座は異なるものです。総合的に情報を受け止めるためには一紙だけの情報では足りません。
僕自身、佐藤氏(あるいは小林よしのり氏)が間違っているなどと思っているわけではなく、新聞を複数読むのであれば、同じように、佐藤氏の発言だけを鵜呑みにして「考えるのをやめる」べきではない、という意味です。それが、情報に対する正しい態度だと思うのです。
また、本書の中には「文法が分かる」という表現がなんどかでてきます。これは「情報をどう読み解くかの技術」がある、ということです。 佐藤氏は、この文法が分かる人、ですので、(おそらく)正確に情報を読み解いているのだと思いますが、その読み解いた結果をどの程度「正確に表現している」のかは分かりません。(佐藤氏の表現を借りれば「嘘をついているのではなく、積極的に真実を語らないだけ」かもしれません)
この本の正しい読み方は「何を信じるか、を含めて、きちんと自分で考えながら読む」ということなのではないかと思います。情報を処理する、ということについて、「考える事から逃げない」スタイルを保ちたいものですね。
最後に、佐藤氏が本書の中で引用している、村上春樹氏の「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の一文を孫引きしておきます。あなたは、どのグループに属したいですか?
おれたちのプログラムをまったく受け付けない人間も少なからずいる。そういう人間は二種類に分けられる。一つは反社会的な人間だ。(中略)もうひとつは本当に自分の頭でものを考えられる人間だ。この連中はそのままにしておけばいい。下手にいじくらない方がいい。(中略)しかしその二つのグループの中間には、上からの命令を受けてその意のままに行動する層があり、その層が人口の大部分を占めている。全体のおおよそ八五パーセントとおれは概算している。要するにその八五パーセントをねたにおれはビジネスを展開しているわけだ。
ご参考:
ちなみに、スパイ同士の騙し合い小説という意味では柳広司氏の「ジョーカー・ゲーム」がオススメです。ご興味のある方は是非ご一読を。(佐藤氏の著書である「元外務省主任分析官・佐田勇の告白: 小説・北方領土交渉 (一般書)」も読んでみたくなってamazonでポチりましたので、読了後にギックスの本棚でご紹介したいと思います。)
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