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DIサミット基調講演「JR西日本グループ企業変革物語〜ゆでガエルからの脱却〜」レポート

AUTHOR :   ギックス

2024年4月23日にギックスが主催した「データインフォームドサミット」の基調講演に、西日本旅客鉄道株式会社(以下、JR西日本)取締役兼常務執行役員 デジタルソリューション本部長 奥田 英雄氏にご登壇いただきました。

本レポートでは、奥田氏の基調講演「JR西日本グループ企業変革物語〜ゆでガエルからの脱却〜」より内容を一部抜粋してご紹介します。

西日本旅客鉄道株式会社 取締役兼常務執行役員 デジタルソリューション本部長
奥田 英雄 氏

1992年JR西日本入社。不動産部門を経て、主に企画部門で経営戦略、設備投資及びM&A等を牽引。JR西日本イノベーションズ社長を経てコロナ禍にグループデジタル戦略を策定、同時にデジタルソリューション本部を立ち上げ副本部長、2022年6月より現職。

コロナ禍で痛感、「鉄道一本足打法」のリスク

本日は「JR西日本グループ企業変革物語〜ゆでガエルからの脱却〜」という題名でお話をさせていただきます。

「ゆでガエル」になりかかっていた私たちが、あることをきっかけにお風呂から飛び出して、壁にぶつかりながら1つ1つ解決をし、そして仲間と共に飛び立つまでの4年間の物語について、まず初めに、2019年までの「ゆでガエル」になりかかっていた時期を少し振り返りたいと思います。
私たちJR西日本グループは、1987年の国鉄分割民営化によって生まれた37年目の企業です。発足当時の1991年から2018年にかけては、営業収益・営業利益・株価と基本的には右肩上がりに成長することができていました。

しかし、2018年当時から実は「お風呂のお湯が沸き立つ」状態に近づきつつありました。
人口減少や少子高齢化が進む中で、地方の働き手減少による人材確保が困難になるほか、円安や物価高騰など、リスクとなりうる社会環境の変化が起こる一方で、業績は良好なゆえに、なかなか正面から課題に向き合えない状態が続いていた。当時をこのように捉えています。

このような状況を一変させたのが新型コロナウイルス感染症の存在です。2019年から2020年にかけて、鉄道の乗客数において大きな変化が起こりました。

コロナの第1波の際、新幹線のご利用者数は対前年比11%、鉄道においても29%となりました。これは11%減の89%ではありません。本当にご利用者様が1割程度になり「駅から人が消える」状態を経験しました。

これに伴い、当社グループは2020年には2000億円、2021年には1000億円を超える大きな赤字を計上することとなりました。このような状況でも、運輸業の比率が低い事業者さんは2020年段階から利益を出されているなど、実は鉄道業界の中でも差がついていたんですね。

当社グループにおいても商業施設や宿泊施設など「多角的な事業展開」をしているにもかかわらず、なぜ差が出るのか?ここでようやく明確になった課題が実は「鉄道一本足打法に頼っていた」ということでした。

つまり私たちのお客様の一連の行動は、「駅」や「鉄道の利用」が起点になっています。例えば家を出たあとに駅に着いて、自動販売機でジュースを買い、電車に乗ってコンビニに着きお弁当を買う。出張の場合ですと、新幹線に乗って現地のホテルに宿泊しお土産を買って帰る、といった具合です。

これだと鉄道の利用者が増えてる時は良くても、コロナ禍のように減少する時期には、グループ会社の収益減に直結してしまうリスクが明らかになった。「これじゃダメだ」と痛烈に気付かされることとなりました。

データ・デジタル活用前提の戦略策定、トップが先頭に立つ組織構築で退路断つ

このような中で、社長の長谷川から私が受けた要望が「コロナ後の世界における新しいJR西日本グループの姿を描いてほしい」というものでした。これを検討するにあたり、まず最初に考えたのが以下の提案でした。

まず「どんな未来でもデジタル化は避けられない」こと。私たちの事業運営に最も影響すると考えられる「居住地が分散するか否か」「余暇を過ごすのはリアルな場所とデジタル環境のどちらか」という軸から4分類の未来を検討した結果、どのシナリオとなってもリモートワークやECの利用は不可逆であること、これにより「鉄道需要減は確実」である未来が見えていました。

その上で「DXを基本とすること」。鉄道を中心に事業運営してきたこれまでから、今後は「移動に頼らない」ビジネスモデルを構築すること、そのためにデジタル技術やデータの活用を基本とすることを定めました。

このような検討を経て、定めた戦略が「3つの再構築」です。

1つ目が主要事業である「鉄道システムの再構築」。
これまで経験豊富な人による「匠の技」に頼っていたものを、データやテクノロジーに置き換えることによって、鉄道そのものの構造改革を目指す取り組みです。

2つ目が「顧客体験の再構築」。事業ごとに縦割りで考えるのではなく、顧客を起点に考えた上でグループサービスをつなぐ。その上で、アプリなどを通じて移動事業や購買事業を自ら作る。そんな会社に生まれ変わりたいというのが2つ目の再構築です。

最後に3つ目が「従業員体験の再構築」。こういった2つの再構築をするためには私たち従業員自身の無駄を徹底的に排除し、空いた時間をコミュニケーションに使う、そんな価値を生み出せる会社に変わっていきましょうという意味がこめられています。

社長の長谷川から要望を受けてから半年後となる2020年10月に、このようなグループデジタル戦略を当社グループとして初めて世の中に公表し、11月には社長を本部長、それから私を副本部長とするデジタルソリューション本部を発足させました。戦略を立て、トップが先頭に立つ形で組織化をし、社内外に公表する、退路を経って開始したわけです。

AIやデジタルサービス、データ活用により「再構築」の事例を積み重ね

戦略は定まったものの、これからどうやって実行していくか頭を悩ませていた時、力を貸してくれたのが実はギックスさんでした。

ギックスさんとの関係は、私がJR西日本イノベーションズというコーポレートベンチャーキャピタルの社長を勤めていた2018年12月に遡ります。当時は鉄道の生産性向上やデータサイエンティストの育成サポートという観点で資本業務提供を結び、協業をしていました。

そこから「グループデジタル戦略」公表後の2021年に、つまりコロナ真っ只中、1000億円の赤字を出したタイミングで増資を行う判断をさせてもらいました。さらに協業の幅を広げて「ビジネスモデルの変革」まで一緒に行うことを決めたんですね。

この判断は、自前主義でもなく、それから丸投げでもない。臨機応変に、戦略を実現するための良きパートナーとしてギックスさんを選ばせていただきました。

JR西日本グループと資本業務提携契約を締結致しました。(2019/1/11)
第三者割当増資のおしらせ:総額7.2億円(シリーズB)(2021/5/13)

そのような経緯を経て実施してきた「再構築」の例を、ギックスさんとの協業やそうでないものも含めて、いくつかご紹介します。

1つ目は、自動改札の故障検知AIの開発です。ビッグデータを使ったAIモデルを開発・導入した結果、点検回数や故障の発生回数を大幅に減らすことができたため、社内はもちろん同業他社様へご活用いただいています。そして「紙を吸い込んで壊れる」のは例えばATMのような機械でも起こりうるので、別の事業者様への横展開も少しずつ進めています。これが「鉄道システムの再構築」の事例です。

2つ目が「ミッションクリアゲーム」を活用した移動や購買需要の創出です。
当社のアプリ「WESTER」※1とギックスさんが提供する「マイグル」※2を組み合わせて、キャンペーンを年間80件程度実施することで、約80万人もの観光する方のさらなる移動、スポーツ観戦する方のさらなる購買といった新たな需要を生んでいます。

※1 WESTER:JR西日本が提供する移動生活ナビアプリ。2024年3月現在でダウンロード数は約270万件、グループの共通会員は約800万人にのぼる。
※2 マイグル:ギックスが提供する「ミッションクリアゲーム」を提供するプラットフォーム。2021年よりJR西日本が導入し、WESTERアプリとの連携を開始。

最後に、「鉄道シェアを高める」ためのグループを横断したマーケティング力強化です。
例えばある広島在住のお客様のICOCAの利用履歴と新幹線の予約管理システムのデータを組み合わせると、「東京↔︎広島間の移動に新幹線と飛行機を使い分けている」ケースを把握することができます。

当社としては「新幹線をさらに使っていただきたい」わけですから、「なぜ新幹線ではなく飛行機を選ばれたのか」「どうしたら新幹線を使いたいと思っていただけるか」などと仮説を立てて、打ち手に繋げるといったことも行っています。

私たちのような鉄道会社は、これまでお客様をマスでしか捉えられていなかった。けれどもだんだんと、データをもとにお1人おひとりと向き合って施策を打てるようになってきた、これはそのような「顧客体験の再構築」をする事例の1つです。

いくつか好事例をご紹介はしましたが、全てがうまくいっているわけではありません。デジタルやデータ活用を進める際にぶつかる「壁」に対して、我々がいかに戦ってきたかについてもご紹介したいと思います。

変革に立ちはだかる壁が解消されるまで

我々がぶつかった壁は大きく3つ、「デジタルアレルギーの壁」「今がいいの壁」「自分ファーストの壁」です。このような壁を崩すのは骨が折れましたが、様々な試行錯誤を経て地道にアプローチした結果、少しずつ変化の兆しが現れました。

最初の兆しは少しずつ賛同者が現れてきたことです。
WESTERアプリには、お客様が自身が頻繁に利用する駅を登録できる機能があります。この登録率を可視化し、各駅長が確認できるようにすることで、駅ごとに競い合える環境を作りました。

このような中で、山陰地方の支社長が「未来の駅は働き手がどんどんいなくなるので、アプリに任せられることは任せて、駅員は人でしかできないおもてなしをやるべきだ」と積極的に賛同して取り組みを進めてくれたんですね。結果的に、高齢者の方の割合が多い地域の駅でも、アプリのダウンロードや駅の登録が進んでいきました。こうした例は、実は都会ではなく地方から始まってきたのです。

そして大きなターニングポイントとなったのが、他部門による協力です。

私たちデジタルソリューション本部が「WESTERポイント」という共通ポイントの利用者拡大を目指して取り組む中、当社グループの主事業である鉄道事業部が、最も大きな資産である新幹線に「所定の値段の半額相当のWESTERポイントで乗れる」という商品を提供してくれました。これを受けてポイント活用によりお得にホテルのお部屋のグレードアップできるなど、様々な事業部が持つ最高の資産を提供してくれる機運が高まってきました。

このように鉄道事業部、ホテル・飲食・不動産などのグループ会社からも共感してもらえたことで人材が集まり、今年の1月からマーケティング部として協働する組織ができました。「自分ファースト」の正反対、「損して得とれ」が浸透してきたなと感じています。

明確な指針にアップデートされたグループデジタル戦略、社内外との連携で、更なる変革を目指す

結びとして、これまでご紹介した私達の取り組みを踏まえて、昨年新たに発表したグループデジタル戦略2.0についてご紹介して終わりにしようと思います。

グループデジタル戦略1.0は「再構築」と少々曖昧なテーマを掲げていましたが、昨年発表した2.0では更なる成果創出を見据え、「グループシナジー発揮」「新たな事業」これらを長期的・安定的に継続するための「人財」「ネットワーク・セキュリティ」と、より明確な柱を立てて戦略を加速させています。

現在、経済圏の構築による「段違いに便利・おトク・楽しい」WESTER体験を提供できる世界観に向けて、グループ一体となって取り組んでいます。

お客様には、まずはリアルな場で「WESTERアプリ」の利用、次の段階としてオンラインでの新幹線やレンタカーの予約やお買い物にも、さらにはICOCAやJ-WESTカードなどによる決済まで当社グループのサービスを使っていただく機会をご提供し、これによって溜まるWESTERポイントが便利でお得に楽しく使っていただける、そんなサイクルを拡充している段階にあります。

現在、具体的に進行している事例としては、1ヶ月で600万人の来場を記録した「バーチャル大阪駅3.0」や、新しい決済サービスへの挑戦なども行っています。

このような取り組みを加速させていくためには、高度デジタル人財がさらに必要だということでギックスさんと立ち上げたのが新会社のトレイルブレイザーです。

JR西日本とギックスによる合弁会社「TRAILBLAZER」設立(2023/10/2)
トレイルブレイザーが、日本を”西”から変える:㈱TRAILBLAZER社長 奥田英雄 ✖ ㈱ギックスCEO 網野知博(2023/10/2)

この会社は、JR西日本グループを顧客としたコンサルティング企業という位置付けで、現在、様々な方に入社いただいています。トレイルブレイザーとともに、グループデジタル戦略を含む、グループ全体の変革を加速させていきたいと考えています。

変化する社会環境の中で、コロナをチャンスと捉えて、飛び上がり、彷徨い、壁にぶち当たり、一つ一つ課題を解消しながら力を蓄えて、仲間と共に、今もう一度飛び上がろうとしている。こんな4年間の取り組みをご紹介をさせていただきました。

幹部から現場に至るまで、あらゆる社員がテクノロジーとデータを当たり前のように活用し、そして自分たちだけではなく他社の皆様の力を最大限にお借りをしながら変化を創出できる、そんな企業グループを目指していきたい、これに向けて、今後も取り組んでまいります。

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