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クラウドサービスの空白地帯を考えたオンプレミスの導入
Amazon社がクラウドサービスの Amazon Web Services (通称、AWS)を公開して10年。新規システムならクラウドサービス内で作るのが当たり前となり、既存のオンプレミス(自社サーバー)環境もクラウドサービスへの移行が進んでいます。それはクラウドサービスが圧倒的なコストの安さや安定性、そして導入の容易さなどがオンプレミスより優っている点が多い確かな証拠になっています。このままオンプレミスは消滅する運命なのでしょうか? 私達はそうは思っていません。これからクラウドサービスの欠点を通して、弊社で取り組んだオンプレミスの新しい形「スモールローカルサーバー」をご紹介します。
クラウドサービスは万能ではない
クラウドサーバーの維持費は安くはない
「クラウドサービスがオンプレミスより安い」と言われていますが、これは24時間365日動き続ける必要があるシステムで比較した時の話です。条件によってはオンプレミスよりクラウドサービスの方が高い場合があります。
例として以下のスペックのデスクトップパソコンとクラウドサーバー(クラウドサービスのサーバーサービス)を比較してみます。
- CPU:2コア以上
- メモリ:8GB
- 記憶容量:200GB以上
まずはデスクトップパソコンの価格について、大手価格比較サイト「価格.com」で調べたところ、だいたい60,000円前後のデスクトップパソコンが売れているようです。(Celeron CPUは処理性能が低いために除外しています)
続いてクラウドサーバーの年間維持費を見積もってみます。クラウドサーバーは最もシェアがあると思われる「Amazon EC2」で比較したいと思います。なお、Amazon EC2 自体には記憶容量は付いていませんので、別途「Amazon EBS」というストレージサービスを合わせて契約する必要があります。これらの条件で見積もった結果が下記です。(東京リージョンのWindowsの場合)
上記の金額にデータ転送料金などを加算して、年間で40万円(110円/ドルの場合)近い費用が掛かってしまいます。「必要な時だけクラウドサーバーを起動すれば良い」という考えもありますが、それでもストレージサービスである Amazon EBS の維持費用は削減することはできません。
稼働率が高いサーバー用途なら年間40万円という維持費は安いかもしれませんが、週に数回程度しか使わない用途ならコストが掛かり過ぎているとは思いませんか?
インターネット接続という制約
クラウドサービスの特徴として「インターネットを通して何処からでも利用できる」というものがありますが、逆の言い方をするなら「インターネットが使えなければ利用できない」という事になります。
政府系や金融系などのセキュリティーが高いオフィスでは、インターネットに接続できない事も珍しい事ではありません。仮にインターネット接続できたとしても通信プロトコルや接続先制限をしている場合もあります。このようなオフィス環境ではクラウドサービスは導入することは難しいです。また、日本のようなインターネット先進国では問題ありませんが、世界にはインターネット環境が安定していない場所も少なくありません。
そのため、クラウドサービスをインターネット接続で利用するという事は「柔軟性のメリット」がある一方、同時に「インターネット必須というデメリット」からは逃れられないと言えるでしょう。
クラウドサーバーは処理能力が高いとは限らない
クラウドサーバーのスペックには、オンプレミスで実現しようとした場合、数百万円かかる物や実現不可能なタイプのものもあります。例えば Amazon EC2 のスペック種類(インスタンス)には、以下のように機能に特化したものがあります。
- メモリ最適化インスタンス(x1.32xlarge):仮想CPUコア数:64個(スレット数:128個) /メモリ:1,952GB
- GPU強化インスタンス(p2.16xlarge):GPU数:16個(GPUコア数:39,936) / GPUメモリ:192GB
スペックだけ見ると非常に高性能に見えます。しかし、CPUやGPUコア数は並列処理下で初めて効果を発揮するものであり、一般的なアプリケーション処理では効果は得られない事があります。
並列処理を行うためには、実行システム内で処理を細分化し、同時に複数の処理が行えるように制御する必要があります。ECサイトのようなWebシステムやDeep Learning処理などでは、並行処理を考慮し処理になっているため、CPUやGPUの各コアをフルに使えるようになってます。しかし、ExcelやBIツールなどの一般的なアプリケーションでは、パソコンを前提に開発されているため、それほど処理を細分化できず、結果、CPUの各コアを効率良く使うことができない事が多いです。
そのため、性能の良いクラウドサーバーのだからと言って、必ずしもオンプレミスより処理速度が速くなるとは限りません。
ギックス考える「スモールローカルサーバー」とは
以前、「最小最速のデータ分析パソコン」と題してご紹介した自作パソコンは、弊社が提案する「スモールローカルサーバー」そのものです。このデスクトップパソコンをベースに「スモールローカルサーバー」について説明させていただきます。
持ち運び可能なサイズ
大きくて性能の良いサーバーはありますが、大きい筐体は設置する場所を選び、持ち運びも容易なものではありません。だからと言ってノートパソコンではパワー不足です。スモールローカルサーバーは、それらサーバーとノートパソコンの中間に位置する存在です。(画像内書籍は 仕事の基礎力(田中耕比古 著):縦18.8 cm x 横13.2cm =四六判です。)
画像で判別いただける通り、ほぼ文庫本サイズ(=四六判より小さい)ですが、デスクトップパソコンと同等のCPUやメモリを搭載することができます。そのため、ノートパソコンような感覚で高性能なパソコンを持ち歩くことができ、設置場所も選びません。そして、どこでも持っていけるという事は、今までインターネット制約のためにクラウドサービスを導入できなかった場所に高性能なパソコンを導入できるというメリットがあります。
デスクトップパソコンであるため、ディスプレイやキーボードが必須のように思われますが、最初のセットアップでオフィスネットワークに接続さえしてしまえば、その後はノートパソコンなどの端末からリモートアクセスできるようになります。これで使いたいときに起動して、社内ネットワークからリモートアクセスする「スモールローカルサーバー」環境が完成します。
「ディスク読書き」が処理スピードのカギ
最近のパソコンは非常に性能が良くなりました。家電量販店で売っている中級クラスのパソコンでも十分性能が良いため、3DゲームやCADのような画像処理以外なら一般的なアプリケーションなら問題なく操作できると思います。そのため、CPUは一般的な上位クラス以上、メモリは16GB以上あれば市販のパソコンでも開発業務やデータ分析業務でも十分活用することができます。
そんな中、最近のパソコンでボトルネックになっているのがディスクの読書き性能です。OSやアプロケーションの起動、ファイルの読書きなどでディスク読書きが必ず発生します。特に開発業務やデータ分析業務では、BIツールやETLツール、データベースなどによってディスク負荷は大きくなります。そのため、いくらCPUの性能が良くても、ディスク読書きがボトルネックになり、処理全体が遅くなってしまいます。
このディスク読書き速度速度について10年ほど大きな改善はありませんでしたが、最近、NVMe接続という全く新しい形式のディスク接続方式が発表されました。それに接続されたSSDのディスク読書き速度は通常のハードディスクドライブの20倍以上になる場合があり、今まで1日必要だったデータベース処理なども数時間で処理できるようになりました。
なお、NVMe接続は新しい技術であるため、まだクラウドサービスでは導入されていません。
クラウドとオンプレミスの境目は使用頻度と運用期間
この様に必ずしもクラウドサービスがオンプレミスより優れているとは限らず、インターネットに接続できない環境やディスク負荷が大きい処理ではオンプレミスの方が優れている場合があります。そして、弊社で作成したスモールローカルサーバーの費用は10万円程度ですので、費用面でもクラウドサーバーより優れている場合があります。
クラウドサービスの特徴として、クイックに高品質のシステム環境が用意できるメリットがあります。24時間365日の間、メンテナンス時間を除いてサービスを提供する厳しい稼働率を求められている場合はクラウドサービスが最適でしょうし、ワンショットの処理や検証などの短い期間の処処理用途でもクラウドサービスの方がクイックにシステム環境が用意できるため有利です。しかし、週に数回程度の実行するバッチ処理や1億件前後のデータ処理などでは、ディスク処理速度重視のスモールローカルサーバーの方がメリットが多い場合があると言えます。
そのため、システムの稼働率や運用期間、求められる処理スペックやインターネット環境を考慮した上で、クラウドサービスだけに固執せず、オンプレミスを検討対象に加えるべきである、と私は考えています。