理想像を見つけよう。そして、目指そう。
本日は、優れた”経営者”(と敢えて限定しておきます)が、どのように振る舞っているのかをチームビルディングの観点でまとめた一冊「スーパーボス」をご紹介します。
膨大な具体例の集積
本書は、概念と具体でいえば、具体例を並べることに力が注がれています。最終章(第9章)で、ノウハウ的にまとめられていはいますが、本書を読んで感銘を受けるべきは、2~8章の具体例の集積部分です。
例えば、2章の「持っている人を見つけ出す」においては、スーパーボスが求める人材は「ずば抜けた知性」「創造力」「高い柔軟性」だと述べられますが、その解説は、以下のようなものになります。(下記引用は「ずば抜けた知性」に関する記述です)
ノーマン・ブリンカーは、レストラン・チェーンの経営における最重要のカギは、できるだけ賢い人材を雇うことだという考え方だった。ラルフ・ローレンは「ファッションの知性」を追求した。雑用係にいたるまですべての従業員に対して、ファッションのセンスを持ち服飾について興味深い意見を持つように求めたのだ。ローン・マイケルズには、常に繰り返し言っている次のようなルールがある。「部屋を見まわしてみて『すごい人たちだ』と思うような部屋が、いるべき場所だ」。自分のまわりに賢い人材を集めるのはほとんどのスーパーボスが重視するところで、従来の枠に収まらない面接のテクニックを駆使するとか、OJTの試用期間に観察するなどしてそうした人材を見抜く。
2~8章の、どのページを開いても、スーパーボスの個人名が必ず書かれています。それどころか、多くの場合、複数名の話題が取り上げられています。スーパーボス(と呼ばれる人たち)が、どういう風に振る舞っているのかが、手に取るように分かるのです。
これは、非常に素敵な体験です。有名な経営者が、何を考えて、どのように振る舞っているのか、という事例を、たった1-2時間でやまほど知ることが出来るんですから。最高です。働き方どころか、生き方に与えるインパクトは多大なものでしょう。売れまくっているのも分かります。一読の価値があると思います。
これは”銀の弾”ではない
本書には、以前ご紹介した「CEOからDEOへ」と同様に、経営者が読めば即座に実践できるノウハウが詰まっています。一方で、マネジャークラス(経営幹部の1~2段下の階層)においては、制約が多すぎて、そもそも振る舞いを真似することさえかなわないことが予想されます。(とっても端的に言うと、個室の壁を取り払うとかって、できませんよね。)
また、そもそも、本書は「成功例の集積」であって、「成功に必ず導く”銀の弾”」ではないと僕は思うのです。(銀の弾、が良くわからない方はコチラをご参照ください。) この本の通りに行動したからと言って、成果が出るかどうかは疑問です。
第9章「スーパーボスになる方法」に書かれたテクニックは、もちろん、経営者に限らず、全てのマネージャー、全てのスタッフにとって有益なものなのは間違いありません。ただ、本書の優れた点である「具体例の集積」の結果として、本書で語られるノウハウは、あくまでも帰納的に導き出された”スーパーボスの共通点の羅列”に過ぎないのです。
個人的な感想としては、現時点では「再現性がある」と言い切ってしまって良いのかどうか、という疑問を感じてしまいます。
でも、取り組む価値はある!
だからといって、本書がまったく役に立たないというわけでは、もちろんありません。本稿の前半で述べたように、スーパーボスの活動事例集としては、非常に有益です。この本を読んだ人が全員、スーパーボス的思想で活動すれば、単位時間あたり生産性は大きく上がり、さらには、労働時間も長くなるはずですので、社会全体の総生産量は圧倒的に向上することでしょう。いや、ほんとに。
しかし、きっと、そうはなりません。なぜなら、具体例をいくら読んでも、多くの人は実践しません。そして、実践(=この場合は具体例を真似)したからと言って、スーパーボスと同じ結果を生み出せるとは思えないんですよね。結局のところ、大切なのは、膨大な具体例の集積から何を得るか、なのです。
本書の著者である、シドニー・フィンケルシュタイン氏がまとめてくれた第9章のノウハウに従って、自分自身がスーパーボスの素質があるか考えてみることも有益でしょうし、まわりにスーパーボスがいるかどうかを見定めてみるのも良いでしょう。しかし、そんなことをしても、それだけでは生産量向上には結びつきません。大事なのは、テクニックではなくマインドセットです。
例えば、権限移譲に関して「適切な権限移譲をする」ということは大事だと述べられますが、どの程度の権限移譲がベストなのかについては、ケースバイケースにならざるを得ません。完全丸投げはダメで、適切な介入をする、と言われても、何が適切かの判断は状況に応じて行われることになりますよね。
あるいは、退職する人に対してどのように扱うべきか、というお話も、多くの事例は「次なるステップに行くことを応援する」というスーパーボスの特性をサポートしますが、一部には、その正反対の行動を取る人もいます。p.240で述べられるオラクルのラリー・エリソンの事例がそれです。(こういう、反証材料もしっかりと記載してくれているのが本書が非常に優れた「具体例の集積」である証拠ですよね。)このラリー・エリソンの”退職者に対するネガティブな反応”を「外れ値」と見るべきかどうかが、見解が分かれるところだと僕は思うんです。
結局のところ、スーパーボスというのは、レッテルです。結果を残した人を集めただけ、といえば、それだけです。その共通項を探る、というアプローチも素晴らしいと思うのですが、僕ならば「この中で、マネしたい誰か一人を選ぶ」という方向に意識が向きますね。僕の場合は、本書で最も多く言及されている「アリス・ウォータース」をロールモデルに据えたいと感じました。彼女は料理人なので、畑違いも良いところなんですけど、でも、かなり学ぶべき点が多いと思ったんですよね。そして、彼女の行動そのものだけではなく、そのマインドセットを模倣したいなと言う気持ちになっています。難しいとは思うんですけども。
本書を読んで、何を感じ、どのように自分の行動(振る舞い、ビヘイビア)を変化させるかは、読み手に委ねられています。本書を活用するためのポイントは、自分なりに理解して、自分なりに行動に反映する、という一点だけですよね。どうせ正解なんて無いのですから、信じた道を突き進みましょう。(違ってたら、あとで方向修正すればいいんです。)そう心に決めるならば、1,800円払う価値は、十二分にあると思いますよ。
ちなみに、敢えて「スーパーボスという抽象概念」を実現するために最も求められていることを抽出するなら、「人間的魅力を磨く」と言うことなんじゃないかと思いました。本書で取り上げられた名経営者たちの共通項として、反証事例が存在しないのは「魅力的な人であった」ということです。怖いとか、すごく怒られるとか、変人だとか、そういう違いはあっても、とにかく人を惹きつける魅力に溢れているんですよね。そんなの当たり前っちゃぁ当たり前なんですけど、とっても難しいことですよね。僕も、そんな風に思ってもらえるようになりたいなぁ・・・。(尚、ドナルド・トランプ氏は「スーパーボスの対極」の例として挙げられてました 笑)