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部分最適に陥りがちなSBUを捨て、トータルで強みを考えろ
「ハーバード・ビジネス・レビュー BEST10論文」の掲載論文を、ひとつずつ読み解いていくこの連載、最終回の本日は、1990年度マッキンゼー賞受賞論文である「コア・コンピタンス経営(1990年)|ページ数:38p」を紹介します。
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ポーター教授は「コア・コンピタンス否定派」
この論文は1990年に発表されていますが、その6年後、1996年に発表された「戦略の本質」(前回記事参照)で、ポーター教授はケチョンケチョンに、コア・コンピタンスを否定します。
競争における各活動の価値ーまたは、それに関連したスキルやコンピテンシー、経営資源などーは、システムや戦略から切り離すことができない。したがって、企業競争に関して、そこでの成功を、ここの強み、コア・コンピタンス、最重要資源などによって説明しようとすると、間違いにつながる可能性が高い。
ちなみに、これは、1985年「競争優位の戦略」をポーターが発表→1990年「コア・コンピタンス経営」がHBRマッキンゼー賞を受賞→1996年にポーターが「戦略の本質」を発表、という流れになっています。凄いなー。
さて、ポーターに「間違いにつながる可能性が高い」と言われてしまった「コア・コンピタンス」とは何なのでしょうか。
コンピタンスは「能力」「適性」
そもそも、コンピタンスとは何でしょうか。オンライン英語辞書「英辞郎」から引用します。
competence
ふむ。能力・適性ってあたりで捉えておくのが妥当なんでしょうね。それに「コア」という言葉が付いているので、その企業・事業において中核を為すような能力・適性ということになります。
ただ、そうなると、「それってケイパビリティ(capability)と何が違うの?」って感じちゃいますよね。というわけでググってみると、こんな記事が見つかりました。(「タイムベース競争戦略」の著者ジョージ・スタークの論文です。)
コア・コンピタンスとケイパビリティは混同されがちだが、前者は、バリューチェーン上の特定のプロセスにおける技術力ないしは製造能力を意味しており、後者はバリューチェーン全体に及ぶ能力のことである。両者は似て非なるも、相互補完的である。競争の勝敗は、他社よりも優れたケイパビリティを構築し、これを状況に適応するかたちで発展できるかどうかにかかっている。
「コア・コンピタンス」は”バリューチェーン上の特定のプロセス”において、他社と差別化できる技術力・製造能力のこと、ということなんですね。
※余談なので不要な人は読み飛ばしてください※
日本語じゃなくても大丈夫、と言う方は、ぜひ原語で。「ケイパビリティ競争論(原題:Competing on Capabilities: The New Rules of Corporate Strategy) の囲み記事「How Capabilities Differ from Core Competencies: The case of Honda」では、こんな説明がなされています。
competencies and capabilities represent two different but complementary dimensions of an emerging paradigm for corporate strategy. Both concepts emphasize “behavioral” aspects of strategy in contrast to the traditional structural model. But whereas core competence emphasizes technological and production expertise at specific points along the value chain. In this respect, capabilities are visible to the customer in a way that core competencies rarely are.
この記事内では、ホンダのコンピテンシーが「エンジンとパワートレイン」だと述べているのに対して、”だったら、GMだってできたはずじゃん”と述べられます。そして、GMとの決定的な差は「ディーラー管理力」と「製品実現力」の2つの”ケイパビリティ”だったと主張します。
One important but largely invisible capabilities is Honda’s expertise in “dealer management” (中略). Another capability central to Honda’s success has been its skill at “product realization.”
ここを掘り出すと、どんどん深みにはまるので、一旦は「ケイパビリティは、バリューチェーン横断」「コア・コンピタンスはバリューチェーン上の特定プロセス」ということにしておきましょう。
コア・コンピタンスの3条件
さて、本論文内で、コア・コンピタンスと認められる能力には「3つの条件」がある、と述べられます。
自社のコア・コンピタンスを特定するには、少なくとも三つの条件について吟味しなければならない。
第一に、コア・コンピタンスは、広範かつ多様な市場へ参入する可能性をもたらすものでなければならない。(中略)
第二に、最終製品が顧客にもたらす価値に貢献するものでなければならない。(中略)第三に、ライバルには模倣するのが難しいものでなければならない。
「複数の製品・サービスに応用できる”ベース”である」「顧客に届く際に価値として認識される」「他社が模倣できない」ということですね。
ここで、ひとつポイントとなるのが、模倣困難性に関するこの記述です。
コンピタンスがさまざまな技術と生産スキルが複雑に融合したものであれば、模倣はますます難しくなる。(中略)社内調整を繰り返し、長年の学習によって築かれたコンピタンスを、完全に再現することは至難の業であることがすぐわかるはずだ。
当然ながら複数の技術を組み合わせるだけでも、模倣困難性はあがります。しかし、最も模倣が困難なのは「組織・人材」などを含む「業務」の領域まで踏み込んだ”コンピタンス”を構築したときです。例えば、R&Dがすごい、という場合、それは研究開発のプロセスが凄い、ということを意味しています。技術力が高い、という場合には、R&D的な意味もあれば、製造時にエラーを低く抑えるような仕組み(もちろん業務ルールなどを含む)があることを意味します。
技術は盗まれることもありますし、時とともに普遍化していくことは避けられません。しかし、業務は簡単には模倣できないんですよね。これを組み合わせたとき、非常に強い「コンピタンス」が生まれると思います。
SBUは部分最適。コア・コンピタンスは全体最適。
この論文では、(ポーターがコア・コンピタンスを否定したのと同様に)SBUについて手厳しいコメントが羅列されます。
コア・コンピタンス、コア製品と言う概念から企業をとらえ直してみると、旧世代には組織の教義としてあがめられてきたSBUも、いまや明らかに時代錯誤と言えるだろう。SBUを金科玉条とする企業では、「分権」に異を唱える者は異端者と見なされる。SBUというプリズムのせいで、経営陣にすれば競争力を秘めた製品を棚に並べられるかどうかを、ただ競っているようにしか見えない。しかし、これは競争の一面でしかなく、このように歪曲されてしまうことの代償は大きい。
手厳しい・・・。そして、この後、SBUが如何にイケていないかが綴られます。要約します。
- SBUはコア製品(コア・コンピタンスが実体化したもの)の重要性を考えない。そのため、コア製品の強化に向けた投資を行うものがいなくなる。
- SBU内で、人材を囲い込んでしまう。優秀な人材が囲い込まれると、新たなチャレンジを担当する機会が減るため、その人材のスキルは陳腐化する。
- SBUは、「生産ラインの拡張」「事業の地理的拡大」といった”連続的な拡大”を目指しがち。それでは、イノベーションは起こらない。
もう、SBU単位で組織設計をしている人が自殺してしまうんじゃないかというくらいボコボコです。
そして、論文の最後には、こんな記述も。
経営陣もまた、分権化の時代のように、事業単位の集合体を司るだけの立場に甘んじていることはできない。コンピタンスを獲得する道筋を示す戦略アーキテクチャーを体系化することで付加価値を提供しなければならない。
経営者はSBUを束ねるだけなんて言ってちゃダメだぜ、ってことです。これまた手厳しい。
戦略アーキテクチャーは「コア・コンピタンス構築のロードマップ」
ここで、核となるのが「戦略アーキテクチャー」です。論文内では「戦略プランニングの下敷きとなる設計図」と説明されています。
コア・コンピタンスは破壊されてしまう。経営陣はその執務時間の相当量を、コンピタンスを構築することを最終目標とする全社的な戦略アーキテクチャーの作成に費やすべきである。戦略アーキテクチャーとは、どのようなコア・コンピタンスを育成すべきか、それを構成する技術は何かを具体化したもので、言わばロード・マップのようなものである。
と、言われても良くわからん、という方のために、本論文の最後に、具体的な「戦略アーキテクチャー」の事例として、産業向け油圧機器メーカー大手の「ビッカーズ」が取り上げられています。詳細は、是非、書籍を読んでいただきたいのですが、一文を引用しておきます。
戦略アーキテクチャーは特定の技術について予測するものではない。製品機能への顧客ニーズ、潜在的な技術、コア・コンピタンスが将来、どのように関連し、どのように発展していくのかを広範囲にわたって描き出したマップなのだ。これは、そもそも未来の製品やシステムを定義することは不可能であり、発展途上の新市場においてライバルに先んじるためには、早い段階からコア・コンピタンスの育成に着手することが重要である、という前提に立っている。
コア・コンピタンス経営って何?
本論文のタイトルである「コア・コンピタンス経営」とは、一言で言うとなんなのでしょう。
僕の理解では「戦略アーキテクチャーに基づいて、競争に勝つために必要なコア・コンピタンスを、SBUなどの個別事業の枠を超えて構築していくという”全社最適の経営”」です。もう少し具体的な表現にすると「どういう技術・どういう仕組みを構築すれば、それを軸にして多様な業界で競争に勝利することができるかを、個別の事業部や単一製品の枠組みを超えて考える体制を整える経営」という感じでしょうか。
第9章「戦略の本質」において、ポーター教授が提唱した「まず、ポジショニングを定めよ」と主張したのに対して、こちらは「どういう強みを作り上げるべきか考えろ」と主張しているわけです。三谷宏治さんの弁を借りれば「ポジショニング派とケイパビリティ派の争い」ですね。
この2つは、どちらかが絶対的に正しい、というものではありません。(だからこそ、このHBR BEST10論文のクライマックスである第9章と第10章に、この2記事を持って来たのかもしれませんね。)正直なことを言うと、経営の実務上、どちらの理論が正しいかということには意味はありません。これらはいずれも、考え方の”型(フレームワーク)”に過ぎないのです。僕が思うに、ブルー・オーシャン戦略でも、イノベーションのジレンマでも、どんな理論も”すべてを説明できるような完璧なものはない”のです。
そうすると、僕たちが取り組む際には「このフレームワークで考えると、どうなるだろうか?」と、時間の許す限り、さまざまな視点で考えてみることが、最善の策だと思うんですよね。僕たちが求めているのは成果であって、理論ではありません。ですので、理論は「実践のための材料」として捉えましょう。その際、天才たちが苦労して積み上げてきた叡智の結晶(理論)を、たった1,800円で読み解けると思うと、この本のコスパは最高に良いぞって思えてきます。(笑
おわりに:これぞ、温故知新。
ここまで10営業日をかけて、10本の論文を読み込んできました。さすがHBR BEST10と銘打つだけあって、非常に骨太な論文ばかりでしたね。時の洗礼を受けても色褪せてません。凄いなー。まぁ、凄すぎて、読み解くだけで疲れ切ってしまいましたけど。
然しながら、この試みには、もっとハイレベル(詳細度は低いが概念度が高い)且つもっと構造化・体系化された先例があります。本連載でもたびたび引用している、三谷宏治さんのベストセラー「経営戦略全史」です。(関連記事:ギックスの本棚/経営戦略全史) このHBR BEST10論文で取り上げられた論文は、ほとんどが「経営戦略全史」の体系的な流れの中に組み込まれる形で紹介されています。この2冊は、一緒に読んだら面白さも理解も増幅すること間違いなしです。
どちらから読んでいくかは自由なのですが、僕のオススメは「経営戦略全史」→「HBRベスト10論文」→「経営戦略全史」というサンドイッチ方式です。つまり、まず、全体を俯瞰したうえで、個別の経営論を眺め、最後に構造的・体系的に捉えなおす、という流れですね。(さらに、お時間のある人は、「ブルー・オーシャン戦略」や「競争の戦略」あるいは「競争戦略論」、「戦略サファリ」「イノベーションのジレンマ」(未読の方は、「イノベーションの最終解」でもいいかも)などを再読してみるのも素敵ですね。是非お試しください。)
ということで、HBR BEST10論文 ウォークスルー、これにて終了です。お付き合いありがとうございました。
ちなみに、僕は、これらの論文を「3年後」にまた読み直してみよう、と心に誓っています。名論文は、小説の名作と同じように読み返すたびに、新たな発見があるものなんですよね。みなさんも、シルバーウィークのうちの数時間を、温故知新&未来へに向けた夢想のために使ってみてはいかがでしょうか。その際、前述したように「経営戦略全史」を組み合わせた読み方をするのもの良いと思いますよ。他人が頑張らないタイミングで、ちょっと頑張るのが、成長のコツですからね。それでは、何卒、素敵なシルバーウィークを!!!
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