「言葉」という武器を磨き上げよう
本日は、日経新聞電子版(NIKKEI NET)の新入社員ここから講座を取り上げながら、ビジネスマナーについて考えてみたいと思います。
ビジネスマナーの基本を学ぼう
「新入社員ここから講座」は、日経新聞電子版の「就活・仕事」カテゴリに含まれる特集のひとつです。日経WOMANや、日経トップリーダー、日経パソコンなどから、新入社員が読むべきものをピックアップして特集としてまとめて掲載しています。尚、日経電子版購読者向けなので、有料会員限定が多いです。(というか、僕の見た限りでは、すべて有料会員限定記事です)
記事の内容やレベルはマチマチですが、心構えを説いたものから、個別具体的なテクニックの話をしているものなど様々です。いくつか見出しをご紹介しておきます。
- 人前で開けない手帳の雑な文字、1日1分で美しく
- ミスを撃退、効率も上がるノートと手帳の活用術
- FYI? そのメール文、他社では通用しません
- 日本語検定であなたの敬語力を採点
- 「ご拝聴」は×、仕事で恥をかかない正しい敬語
- 強引、やる気ゼロ…困った上司は戦略的に対処
- 「メール届きました」と返信、送るのが正解
いわゆる「世の中の事業会社の新入社員」は、こういうものをしっかり読むことが大切だと思います。
守破離(しゅ・は・り)は「守」から
世の中には、「守破離」という概念があります(別記事でご紹介しましたので、詳しくはコチラをご参照ください)。一言でいえば「何事も、まずは型をしっかり覚えて自分のものにすることから始めて、徐々に型を崩していくことが上達のステップだ」ということです。
この「新入社員ここから講座」に代表されるような新人教育ネタは、世の中に数多ありますが、全て「守」です。まずは「守」から始めましょう。「守」を完璧にできてもいないのに、「破」とか「離」とかにトライするのは控えたほうが無難です。
なぜ、ビジネスマナーが大事なのか
こういう話をすると「そりゃぁ、できたほうがいいけど、できなくても良いんじゃないのか」とか「欧米だったら、そんなくだらないことどうでもいい」とか「仕事が出来たら関係ない」とかいう話をする人がいます。
それに対する反論として「お前じゃなくて上司や会社が恥をかく」とか「ここは日本なんだから欧米がどうでも関係ない」とか「仕事ができる奴はビジネスマナーもきっちりしてるんだよ」とかいうものがあがります。
でもね。そんな低レベルの言い訳に対して、低レベルの理由を返してもしょうがないと思うんですよ。
僕が思う「ビジネスマナーが大事な理由」は、「プロとして格好悪いから」です。仕事の対価として、お金をもらっている以上、最低限のマナーを守り、格好良く振る舞いましょう。
ホワイトカラーの武器は「言葉」だ
ビジネスマナーと一言で言っても、いろいろな種類があります。
名刺の渡し方(必ず先方の名刺より下に差し出せ、とか)、乾杯のグラスの位置(先方よりも下に、とか)、会議室の座り場所(上座・下座ですね)、お酌の仕方・され方(注がれるときはグラスを持って傾けろ、でもワインの時は持ったらダメだからグラスの脚に指だけ添えろ、とか)などなど、枚挙にいとまがありませんよね。でも、そんな中で最も重要なのは「敬語」だと僕は思います。(正確にいうと、敬語に限らず「言葉遣い」です。)なぜならば、ホワイトカラーとは、言葉で戦う職業だからです。
もしも、あなたが大工さんなら、口下手でもOKかもしれません。あるいは、写真家や画家だったり、プログラマーやアニメーター、デザイナーなどだった場合には、言葉そのものが武器になることは少ないでしょう。(もちろん、副次的な武器なのは間違いありませんし、コミュニケーション下手は、仕事にとってマイナスだとは思います)一方、いわゆるホワイトカラーである、営業さんやコンサルタントは、言葉がメイン武器です。なんなら、コピーライターや作詞家、作家、あるいは、芸人やアナウンサーと同じくらい「言葉の重要性を感じて生きていくべき職業」だと思います。
自分の武器を磨かないのは、怠慢である
侍が、刀を大切に扱わないと聞いたら、あなたはどう感じますか? スナイパーは、銃の手入れを怠るでしょうか? レーサーは、車のメンテナンスに力(あるいはお金)を注ぐと思いませんか? ボクサーは、筋肉を鍛えてますよね?
大げさな言い方をすれば、彼らは自分の武器に、自分の命を預けているわけです。さて、ホワイトカラーで、己の武器である「言葉」と真摯に向き合っている人が、果たしてどれくらいいるのでしょう。
もし、自身の武器を磨かないでいるのだとしたら、それは、怠慢です。そんなのはプロではありません。アマチュアです。労働の対価としてお金を貰うならば、プロとして振る舞わなければなりません。(もちろん、自分の武器は言葉じゃない!笑顔だ!!というような方は、それはそれで別に構わないと思います。個人的には、それってどうなの?とは思いますが、それは”自己判断”であり”自己責任”だと思いますし、笑顔を磨く努力をしていただければ宜しいかと思います。)
言葉選びのインパクトを軽視してはいけない
言葉というのは、とても複雑です。ほんの少しの違いで、相手に与える印象は大きく異なります。以前ご紹介した、「読むだけですっきりわかる国語読解力」の書評でも引用したのですが、良い例なので再掲します。
「ここから駅まで歩いて十分」
「ここから駅まで歩いてわずか十分」
「ここから駅まで歩くと十分もかかる」
この三つ、客観的には同じこと言ってるよね。
(中略)
ところがこれを語っている人の気持ちはどうだろう?
全部同じだろうか?絶対にちがうよね。
出所:読むだけですっきりわかる国語読解力 (宝島SUGOI文庫 D こ 2-4)
さらに、もう一例。
「この時間は一時間に一本ある電車が駅に着いた」
(中略)「この時間”は”一時間に一本”ある”」という言い方に注意。
普通は一時間に一本というのはかなり少ない部類だろう。にもかかわらず「しかない」という言い方ではなく、むしろ肯定的な表現になっている。そして、この「は」の性質を考えると「他の条件下では事情が異なる」ことが予測されるわけだから、おそらく他の時間帯はさらに本数が少ないだろう。多い時で一時間に一本しか電車が来ない。あまり大きな村ではないことが予想できる。出所:読むだけですっきりわかる国語読解力 (宝島SUGOI文庫 D こ 2-4)
つづいて、別の書籍「書くことについて(スティーブン・キング)」の書評で引用した部分を、再引用します。
- ドリスが部屋に入ってきたとき、トムは言った。「やあ、別れた女房」
トムとドリスが離婚しているという事は重要な前提かもしれないが、これではいくらなんでもひどすぎる。木で鼻をくくったような、とはこのことである。参考のために別の例を。
- 「やあ、ドリス」と、トムは言った。自然な声だった—少なくとも彼自身の耳には。だが、その右手の指は六か月前まで結婚指輪のあったところを行ったり来たりしていた。
ピューリッツァー賞ものとは言えないし、文章も最初のものよりずっと長くなっている。だが、先に述べた通り、小説はテンポがすべてではない。情報が伝わりさえすればいいというのなら、小説の代わりにマニュアル作成の仕事をした方がいい。
出所:書くことについて(スティーブン・キング)
日本語を母国語とする人は、これらの文章の違いを「感覚」としてわかって然るべきです(まぁ、最後のは翻訳語の文章ですけど)。その感覚と同様に「敬語」に対しても”意識”を払わねばなりません。
自然に出てくる、ようになると、頭の使い方が変わる
さて、ぐるっと回って本題です。冒頭でご紹介した「新入社員ここから講座」には、敬語に関する記事がたくさんあります。
まずは、「ご拝聴」は×、仕事で恥をかかない正しい敬語 から引用します。この記事は、具体的なビジネスシーンにを例に挙げて、正誤方式で紹介しています。
【1】取引先に相手の名前を確認するとき
△ 山本様でございますか?
○ 山本様でいらっしゃいますか?「ございます」は「です」の丁寧語。間違いではないが、相手への敬意を表すには「いらっしゃる」が適切。
【14】電話があった旨を課長に伝えると言うとき
× お電話をいただいた件、課長にお伝えいたします
○ お電話をいただいた件、課長に申し伝えます「お伝えする」は伝える相手の課長を高めていることになる。取引先への謙譲表現となる「申し伝えます」が適切。
という感じですね。
つづいては、会計で「お愛想お願いします」は× 注意すべき敬語 から。こちらも同様の形式です。
【4】客を連れてきたことを上司に伝えるとき
× 山本様をお連れしました
○ 山本様をご案内いたしました「お連れする」は「連れてくる」「連行する」というニュアンスが含まれ、不快に思う人も。「ご案内する」が適切。
【18】提案書を見てほしいとき
× 提案書をご拝見いただけると幸いです
○ 提案書をご高覧いただけると幸いです「拝見」は謙譲語なので、相手の行為に対して使うのは不適切。相手の見る行為を敬う「ご高覧」が適切。
という具合です。
あるいは、顔文字のオンパレード 新入社員の「常識外れメール」では、間違ったメール文を例にとって、何がどのように間違っているのか指摘します。
こういう「当たり前のこと」を「当たり前に、無意識で実施できる」ことが非常に重要です。意識をしなくても、適切な言葉遣いができるようになると、頭のCPUの処理能力を「より深く考える事」に回すことができます。(マニュアル操作の自動車に乗る際に、ギアチェンジの操作に意識を向けているうちは、運転に集中できない、のと同じ話です。)
「より深く考える」という場合、思考そのものを深くするということももちろんありますが、言葉遣いについてもより多面的な検討をしていくことになります。例えば、コンサルティングの現場では、僕は以下のようなことを考えたりしています。
コンサルタントも、言葉選びにはこだわります。例えば、打ち合わせにおいて「・・・と伺っています」「・・・と認識しています」「・・・と(私は)考えます」のドレを使うか、でもニュアンスが大きく違ってきます。
- 「・・・と伺っています」 御社の方(特に名前は挙げませんが)がそう言ってましたので、それを根拠にしていますよ。
- 「・・・と認識しています」 正直な話、事実かどうかわかりませんし、立場も違えば意見も違うと思うので、違ってたら教えてくださいね。
- 「・・・と考えます」 これまでの情報から、論理的に判断すると、この結論が正しいと自信を持っています。
敬語を含む、いわゆる「普通の言葉遣い」を常日頃から丹念に磨き己のモノとしておくことで、戦いの場で「戦略的な言葉遣い」を検討する余裕を持ちましょう。それこそが、言葉で戦うホワイトカラーの矜持であり、また、作法だと僕は思いますね。