長時間楽しむためのセックスを行うのには、敵の目に触れやすい場所は不適
人はどうして人前でセックスをしないのだろうか。こんなことを言うと、何を当り前のそれも不謹慎なことを、と怒りだす人がいても不思議はありません。そもそも人前で性行為を行うことは公然猥褻(わいせつ)罪という刑法に触れます。
確かに、世の中には犯罪になるから人前でセックスはしないだけで、許されているなら堂々とすると言う人もいるかもしれません。しかし、そのような人は滅多にいないでしょう。それに刑法174条公然猥褻罪の罰は6か月以下の懲役です。刑罰の中でそれほど重いわけでもありません。
同じ猥褻関連の罪でも刑法175条の猥褻物頒布は最高懲役2年です。これは主として営利目的での猥褻物の販売を罰するためのものです。その刑法175条の違反はよくありますが、刑法174条をその種の場所で営利目的ではなく、公衆の面前で性行為を行うことで犯してしまうなど滅多にないことです。人前でセックスをしないというのは法律で罰するまでもなく、ほとんどの人には厳しい禁忌になっています。
人前でのセックスをするのは、殺人や窃盗とは違って、他人に危害を加えるというものではありません。もちろん、公衆の面前で性行為をする現場を目撃して不快感を感じる人はいるでしょう。しかし、ほとんどの人はポルノ映画で他人のセックスを楽しみのために観たことはあるはずです。
逆に言えば、殺人や窃盗が集団の秩序を乱すことで集団そのものの維持を難しくすることで禁止されているのに対し、人前での性行為は、さらに人間の深い部分に根ざしたところで禁じられていると考えられます。ただ、人前でのセックスを悪いとするのは、殺人を悪と考えるのと同様に、文化の一部であることは確かです。
行為の最中に敵に襲われるリスク?
文化とは「地球は丸い」といった科学的事実に基づくものではなく、人間集団の暗黙の約束事です。食べ物を手でつかんで食べてはいけない、というのと同じで、許したり、禁止したりするのは、集団の中の約束事という以上のものではありません。食べ物は手で食べることこそ礼儀にかなっているという文化もあります。
セックスそのものではありませんが、キスを人前でするのは欧米人は抵抗がありません。しかし、日本人のほとんどは人前でキスをすることには大きな抵抗があります。キスという行為に対する文化的認識が日本人と欧米人では異なっているのです。とは言っても、人前での性行為の禁止となると文化的な差異はまずありません。ポルノの解禁度合いのような法的な対応は違っていても、未開人を含め人前での性行為は人類全般に共通する禁忌と考えられます。
人類ではなく他の動物ではどうでしょう。人間にもっとも近いチンパンジーでも仲間の前で性行為を行うことに抵抗はないようです。人間以外の動物は敵に襲われる危険がない場合、セックスすることを隠そうとはしません。敵に襲われる危険は、セックスだけでなく摂食行為にもありますが、性行為と摂食行為は隠れず行うという点ではあまり変わらないようです。ところが人類では大違いです。
セックスを行うことが、敵に襲われる可能性が高いという点で人類は特徴的なのでしょうか。世界的なコンドームメーカーのデュレックス社は各国の性行為の時間の調査を行っています。それによれば性行為の時間(前戯を除く)は約20分で、これはチンパンジーなどと比べ長いのは確かです。行為の最中に敵に襲われるリスクが人類はチンパンジーより高いのかもしれません。ただし、デュレックス社の調査は安全な環境にある現代人に関する調査です。外敵に囲まれた太古の時代から人類が、ここまで長く性行為を楽しんでいたかは必ずしも明確ではありません。
しかし、人類が他の動物よりセックスを楽しむ傾向が強いというのは、当っている可能性が高いと思います。それは哺乳類の中で人類は例外的に発情期がなく年中セックスが可能だからです。
セックスを隠れて行うのは必然
人類は他の霊長類と比べても格段に大きな脳を持っています。巨大な脳は人類がより大きな集団で活動し言語的なコミュニケーションをすることを可能にしています。このため肉体的にはひ弱な人類は集団で狩りをおこなうことでマンモスなど多くの大型の哺乳類を絶滅に追いやりました。
しかし、巨大な脳は人類だけに難産という対価を与えることになりました。他の動物の出産はそれほど大きな苦痛を雌に強いることはありませんが、人間は違います。しかも、そのような苦痛の結果生まれる赤ん坊は他の哺乳類から見れば未熟児です。人類の子供はチンパンジーの赤ん坊と同程度の活動レベルを獲得するのに4年程度の年月がかかるのです。
人類にとっては子供が4歳になるころまで、どのように子育てを行って行くかは重大な課題でした。女からみれば、その期間子育てのハンディを乗り越えていくためには男の協力は欠かせません。発情期をなくす、つまり常に発情期にいてセックスを可能にする。これは女がセックスという報償で男を子育てに協力させ続けさせるための戦略**だったと考えるのは妥当です。
男女揃って子育てをするために、人類にとってセックスは繁殖目的から女の男に対する報償へと役割を変えてきたのです。人類は、報償目的のセックスを、報償としての価値をさらに高めるために、より長時間のセックスを行うことで楽しむに足るものにしていったと想像できます。
現生人類は20万年ほど前に現れましたが、その時以来脳の大きさは変わっていません。正確には若干小さくなっているくらいです。出産の大変さ、4年間におよぶ子育ての必要性は、現生人類発生の最初から存在していました。楽しむためのセックスを現生人類はずっとしてきたのでしょう。
長時間楽しむためのセックスを行うのには、敵の目に触れやすい場所は不適です。セックスを隠れて行うのは必然だったと考えられます。この長い間の習慣は人類の中に深く文化として刻み込まれました。人前でセックスを行うことはある意味殺人以上の禁忌になったのです。
もちろんこれは推測でしかありません。今世界に存在しているのは人前でのセックスを嫌う人類と、そんなことは平気な他の動物例えばチンパンジーがいるだけです。過去どのように文化的な禁忌が組み込まれてきたかを正確に知ることは困難です。
しかし、この世に理由のないものはあまりありません。そして人前でセックスをしない文化的禁忌は、偶然で生まれたにしては極めて強力で普遍的です。他に説明する方法はあるとしても、それは遠い昔に遡ったもののはずです。どんな理由であるにしろ、現生人類の誕生と同じくらいか、もっと古いものでなくてはならないのです。
** ここで「戦略」という言葉を使ったのは個々の女性が男を謀(はかりごと)にかけたという意味ではありません。女が常に発情期に留まることで男を保護者としてつなぎとめることができるように進化したということです。
(本記事は「ビジネスのための雑学知ったかぶり」を加筆、修正したものです。)
馬場 正博 (ばば まさひろ)
経営コンサルティング会社 代表取締役、医療法人ジェネラルマネージャー。某大手外資メーカーでシステム信頼性設計や、製品技術戦略の策定、未来予測などを行った後、IT開発会社でITおよびビジネスコンサルティングを行い、独立。