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日本人の安全保障に関する常識はイスラエル人のそれとは大分異なる
改めて手元の記録を見ると1996年、今から20年近く前になりますが、勤めていた外資系企業で、同じ会社のイスラエル人とチームで仕事をしたことがあります。場所はアメリカ。イスラエル人は、日本に行ったこともないし、あまり興味もないようでしたが、お互い出張なので、バーでよく飲みました。
その時、日本の平和憲法の話をしたのがきっかけで、安全保障について色々な話をしました。単語力の問題はあったのですが(例えば尖閣列島は「日本の南の無人島群」といった表現を実際にはしました)、会話の内容と雰囲気は、ほぼここに書いている通りで、日本の常識はイスラエル人の常識とは大分違うことがわかります。それにしても、この時から20年たった今でも日本人とイスラエル人が会ってする話は大した変りはなさそうです。それは会話の最後のイスラエル人の祈りが通じたからなのでしょうか。
平和憲法について:「日本に軍隊はないの?」
私「日本は憲法で戦争をすることも軍隊を持つことも禁止されているんだ。知っていた?」
イスラエル人「初めて聞いた。ずいぶん平和な国なんだね。でも、どこかの国が攻めてきたらどうするだ」
私「攻撃された場合、防衛するために戦うことまでは、憲法で禁止されていないというのが一般的な日本人の解釈だ」
イ「防衛のための戦いが戦争じゃないというなら、イスラエルも戦争をしていないことになる」
私「イスラエルは自分から何度もアラブ諸国に攻めこんでいる。日本なら憲法違反になるね」
イ「そうかもしれないが、先に攻めこまれた時は大きな被害を出している。被害を小さくするために先制攻撃をしただけだ。本質的に防衛目的だよ。まぁ、それはいいけど守ると言っても軍隊がなければどうしようもないだろう」
私「軍隊はないが自衛隊というのがあって、核兵器と空母以外ほとんど何でも持っている。」
イ「規模はどれくらいなの」
私「約20万人で、予算はドイツやフランスと同じくらいかな」
イ「それでなぜ軍隊じゃないと言えるの」
私「防衛目的にしか兵器の使用ができないという決まりがある以外、軍隊と違う点はあまり見当たらない」
イ「日本人はずいぶん柔軟な考え方をするんだね。でも、そんな憲法なら変えてしまえばいいじゃないか」
私「それが簡単ではない。改正には国会では3分の2以上の賛成が必要で、さらに国民投票で過半数の賛成がなければいけない。日本では戦争で軍隊が勝手なことをして、ひどい目に会ったと思っている人もたくさんいて、その人たちは憲法は軍国化を防ぐ最後の砦だと思っている」
イ「自分の国の軍隊にひどい目にあったことはあっても、外国からひどい目にあったことはないのかい」
私「第2次世界大戦までは、周りの国をひどい目にあわせたことはあっても、ひどい目にあわされたことはほとんどない。日本にひどい目にあわされたと思っている、中国や韓国は日本が憲法の改正をすると言うと怒りだすだろう」
イ「そんなに恨まれたり、嫌われたりしているなら、守るためには軍隊を持っていた方が良いと思うけど」
私「確かにそうかもしれないが、現状を変更するというのは問題が起きることが多い。無理して憲法を変えて余計な問題を起こしたくないというのが、日本人の平均的な考え方のようだ。それに外国からひどい目にあっていないということでいえば、日本は君の国と違って海に囲まれていて、攻めるのが難しい国だ。第2次世界大戦でさえ、アメリカ軍が日本に上陸したのは、日本が降伏した後だ」
イ「敵が上陸もしていないのに、なんで降伏しなければいけなかったんだい。日本人は戦う気がなかったのか」
私「そうとも言えない。本土での戦闘はなかったけど、沖縄という南の島で大規模な戦いがあって、10万人の軍はほぼ全滅し、民間人の島民の3分の1を含め20万人以上が死んでしまった」
イ「それはすごい。民間人が3分の1も死ぬような戦いはあまり聞いたことがない。でも降伏した理由がますますわからなくなった」
私「日本以外の戦場では、負け続けていて、海軍は全滅して先の見込みは全くなかった。それと原爆を落とされたのが決定的だった。日本が世界で唯一の被爆国だというのは知っているだろう」
原爆について
イ「それは聞いたことがある。東京がやられたのかい」
私「東京には落とされなかった。東京に落とされて天皇が殺されて、国体がなくなってしまうという恐怖が降伏の一番の理由だ」
イ「東京じゃないとするとソウルに落ちたの」
私「ソウルは日本じゃなくて韓国の首都だ。もっとも2次世界大戦が終わるまでは日本の領土だったけどね。落とされたのは広島と長崎だ。聞いたことないかい」
イ「スペルで書いてくれる」
私「HiroshimaとNagasakiだ」
イ「発音できるけど、ちょっと覚えにくいな。被害は大きかった?」
私「合計で20万人以上が即死した。その後も、後遺症でたくさんの人が苦しんだ」
イ「テルアビブに落ちたらと思うとぞっとするね。そこまで威力を見せつけられたのに、日本は核兵器を持っていないんだね」
私「持たないどころか、核兵器には強い抵抗感を持っている。核兵器の全廃は日本人の願いだ」
イ「核兵器がなくなれば良いとは、僕も思っているけれど、最悪なのは敵だけ核兵器を持っていて、自分は持っていないことだ」
私「イスラエルが原爆を持っていることは、公然の秘密だものね」
イ「それには、ノーコメントというのがイスラエル政府の立場だ。しかし、イスラエルに敵意を持つ国が核兵器を持って攻撃されそうなのに、何もできないのは政府として無責任だろう。日本は核兵器で脅されたらどうするんだ」
私「アメリカの核の傘に頼るというのが日本政府の立場だ」
イ「そんなにアメリカを信用しても大丈夫だと、日本人は思っているの」
私「全く不安がないわけじゃない。しかし、冷戦時代はドイツや核保有国のフランスやイギリスでさえ、ソ連に対抗するにはアメリカの核の傘に頼るしかなかった。それに北朝鮮が核の開発をするまで、日本人が核の脅威を強く感じたことはない。そこはイスラエルと違うかもしれないね」
イ「イスラエルのまわりの国は、ほとんど民主主義国ではなく、独裁者が予想できない意思決定をする可能性がある。対抗措置を持っているのは絶対必要だね」
私「日本も北朝鮮や中国は民主主義国家とは言えない。ロシアも民主主義国家としては未熟だ。ただ、日本人はホロコーストのように民族を全滅させられるような経験がないこともあるかもしれない」
ホロコーストと謝罪
イ「ホロコーストのことを日本人は知っているのかい」
私「詳しくは知らないかもしれないが、何百万人のユダヤ人がナチに殺されたのは知っている人が大部分と思うよ」
イ「それは嬉しいね」
私「ところで、ユダヤ人はドイツがホロコーストや第2次世界大戦を引き起こしたことを謝罪しているのをどう思っているのか興味があるね。日本は中国や韓国から戦争責任の謝罪がないとしょっちゅうクレームを受けている」
イ「ドイツ人は公式に謝罪しているし、ホロコーストのことを学校で教えているのも事実だ。だけど、本心から謝っているかはわからないし、謝らせてばかりいるとユダヤに憎しみを持つ人が増える危険もある」
私「日本はもっとちゃんと謝るべきかな」
イ「それはわからないな。日本がどれくらい中国や韓国に悪いことをしたか知らないので何とも言えない。でも、日本兵が残酷だったというのはよく聞く話だね」
私「断っておくけど、韓国は戦争中は日本の一部で韓国と日本が戦争をしていたわけではない。それと、日本兵がドイツ兵やロシア兵と比べて、残酷だったとは思わないね。アメリカ兵は占領軍として例外的に優しい軍隊だったと思うけど、それでも殺されたり、暴行を受けた日本人は数えきれないほどだ。日本軍が残酷だったというは、黄禍論の一種の偏見が背景にあると思う」
イ「それなら、やたら謝る必要はないと思うね。イスラエル兵も占領地域の行動で、しょっちゅう文句を言われているけど、謝る必要は感じない。それに謝らせたからといって、将来同じことをしないという保証はないしね。昔の話より未来の話の方が重要だね」
領土問題について
私「日本もイスラエルほどじゃないけど、周辺の国と領土の紛争がある」
イ「日本人が住んでいるところを外国が占領しているんだ」
私「それはない。竹島という全くの無人島は韓国が勝手に占領している。昔は日本人が何万人も住んでいた4つの島がロシアに戦後占領されて、そのままになっている。日本人はみな追い出されて、今ではロシア人が住んでいるが、日本は公式には日本領だと主張している」
イ「今の日本の領土を自分のものだと言っている国は?」
私「それはないね」
イ「それじゃ、日本が攻撃を仕掛けない限り、領土紛争が起きる可能性はないね。君たちの憲法では先制攻撃は許されていないだろ。何も起きる要素はないね」
私「日本人には不満に思っている人は多い。ロシアとの間では、経済協力の進展が領土問題で滞っているし、竹島は日本の領土だと教科書に書いたら、韓国では日本の国旗が燃やされたりする」
イ「国旗が燃やされるくらい大したことじゃないね。腹が立つならこっちも燃やしたらいい。ロシアと経済協力が進まない件はよくわからないね。でも小さな島なんだろう。ロシアと日本のような大国同士がそんなことで関係を悪くするのは損だと思うけど。でもロシアは領土は返さないと思うよ。そんなことしたら、あの国はバラバラになってしまう」
私「イスラエルはもっと深刻だね」
イ「イスラエル全体が領土問題の対象になっている。日本を自分の領土だと言う国もないし、島には日本人は誰もいなくて、今現在ひどい目に遭わされているわけでもない。領土問題とは言えないと思うけど、これは日本人の考え方の問題だ」
アメリカについて
私「イスラエルはアメリカからずいぶん支援を受けているけど、アメリカを動かしているのはユダヤ人だと思っている日本人も多い」
イ「その日本人はイスラム教徒なのか」
私「関係ない。日本にはキリスト教徒は1%もいないし、イスラム教徒はほとんどいない」
イ「それじゃヒンズー教徒?」
私「ヒンズーでもない。同じインドの宗教だがインドではほとんどいない仏教徒が多い。もっとも、熱心な仏教徒は少ない。これはユダヤ教徒ばかりのイスラエルとは違うね」
イ「イスラエルにはイスラム教徒もいるしキリスト教徒も多い。ユダヤ教徒も熱心な信者は多くない」
私「それはともかく、イスラエルは国連でイスラエル非難の決議を安全保障理事会で可決されそうになるとアメリカが必ず拒否権を使って守ってくれる。それでも100%アメリカの言う通りに動くわけじゃないね。中国には戦闘機の技術を提供しているし」
イ「アメリカだってイスラエルの言う通りにいつも動いてくれるわけじゃない。アメリカの都合で、イラクを支援していたこともあるし、結局は自分の都合だけだ」
私「でもアメリカにはユダヤ人が沢山いて、大きな影響力があるだろう」
イ「差別もされている。アメリカはユダヤ人だけじゃなくて色々な民族がいるし、ユダヤ人だけの考えで動くはずがない」
私「だから100%信用はしない」
イ「そんなことは当たり前だ。日本もアメリカより中国と協力すれば、アジアの力をもっと拡大できると思うけど」
私「中国とは経済的には近付いているけど、軍事的には日本は警戒している。イスラエルから見れば無いようなものかもしれないが、尖閣列島というところで、資源もからめた領土問題もある。中国をアメリカの代わりにするのは難しいと思う。日本人には中国が第2次世界大戦の謝罪を求めることに反発する人も多い」
イ「きっと日本は平和だから、心配事を作りたいんだろうね。戦争しないという憲法を変えなくてもいいくらいだから幸せだよ。このまま将来も平和なことを祈るよ」
私「僕もだよ。どうもありがとう」
(本記事は「ビジネスのための雑学知ったかぶり」を加筆、修正したものです。)
馬場 正博 (ばば まさひろ)
経営コンサルティング会社 代表取締役、医療法人ジェネラルマネージャー。某大手外資メーカーでシステム信頼性設計や、製品技術戦略の策定、未来予測などを行った後、IT開発会社でITおよびビジネスコンサルティングを行い、独立。