教え方の教科書としても秀逸
本日は、佐藤優さんの【いま生きる「資本論」】をご紹介します。
本書の特徴
本書は、新潮社が主催する新潮講座「一からわかる資本論」の書き起こしです。資本論をどのように読み解いていくかという主題を掲げながら、さまざまなエピソードを交えながら、非常に軽快に資本論を「解釈」していきます。
尚、佐藤優 という人物については、以前、別の著作をご紹介した際に、簡単に触れていますのでそちらをご参照ください。(関連記事:ギックスの本棚/私の「情報分析術」超入門 仕事に効く世界の捉え方(佐藤優|徳間書店))
何事も「最初」が難しい
本書では、資本論が、如何に「読者を拒む書籍であるか」が滔々と語られます。そして、読者(=聴衆)を安心させてくれます「大丈夫。資本論を読むことに挫折したのは、君が悪いわけじゃないよ」と。
これは、資本論を読み解くために非常に重要なステップです。そして、資本論を読み解こうとするこの本(というか、講義)においても、ドロップアウトされないことは非常に重要です。もちろん、どれだけハードルを下げたところで、敵は「資本論」ですので、そんなに簡単にはならないわけで、実際、本書の最初の数ページも「文章は平易だが、言ってる単語がわかりません」という感じです。(構造と力、逃走論、批評空間。僕はどれも読んだことありません。浅田彰、柄谷行人。すみませんが、お顔が浮かびません。)
しかしながら、”読み物として、すいすいと読み進めさせる”ためには、このハードルを下げるというステップが大切だと思います。そして、資本論そのものがそうであるのと同様に、本書も、わかんなかったら読み流して(読み飛ばしてはダメですよ)次に進めばよいのです。何事も、最初の山を越えるところが一番大変なのです。
ちなみに、僕は「第三講:カネはいくらでも欲しい」の中盤、「限界効用の低減」のくだりあたりから、非常に面白くなってきました。(まぁ、それ以前も十分面白いのですけどね)
全体を俯瞰しよう
さらに、本書では、ゴールを以下のように定義しています。
今やっていることは緒論です。『資本論』全体の様子を最初にガバッと大づかみにしてしまおうとしています。(中略)
われわれの目的は、『資本論』の内在的論理をつかむことです。
これもまた、非常に重要なポイントです。
人は、得てして、微細なポイントに注目してしまうものです。そうすると「わからないこと」を見つけた瞬間にそれにとらわれてしまうことになります。英語の文章を読むときに、わからない英単語が一つや二つあっても、無視して進めば7~8割くらい理解できるように、難しい話でわからない部分があっても、とりあえず読み進めてしまって「全体」をつかむべきです。
要するに、わからない細部を順番に潰して、全部読む前に挫折するくらいなら、7割の理解度でいいので全体を見るべきじゃないか、という話です。
ちなみに、本書では「漆塗り方式」で説明をしてくれます。つまり、前回説明したことを、関連する話が出た際に簡単に振り返ってくれるわけです。これによって、情報が「重ね塗り」の要領で積み上げられて分厚くなり、同時に周辺知識とのリンクも貼られることになります。
おもしろエピソードをちりばめる
さらに、本書には、おもしろい、あるいは興味深いエピソードが多く含まれています。スパイの暗号に必ず誤謬を含ませることで、完璧な暗号文=敵の手に落ちたという知らせになる。ロシアで「通貨のように扱われた」のはマルボロだ(正確には、通貨ではなく一般等価物ですが)。内閣総理大臣に官僚がブリーフィングするときのペーパーは大体1,000字程度である。などなど。
また、言葉の説明も非常にわかりやすいです。例えば、「矛盾」にでてくる矛と盾は、試してみればどちらが強いかわかるため「矛盾していない」(「対立」である)とか。
これらのエピソードや、説明の際の例は、相手に物事を理解させるために非常に重要です。ただ、こういう話にアナロジー(比喩表現)を使うことも多いのですが、間違ったアナロジーは却って理解の妨げになります。本書は、そのあたりのバランスも良いなと感じます。
関連記事:アナロジーで考える(戦略コンサルタントって、プロ野球選手みたいなものじゃん?)
人に教えるときも同じ
前述した、本書の三つの特徴「最初のハードルを越えさせる」「全体俯瞰をさせる」「おもしろい話題で興味を引く」ということは、人に何かを教える・伝えるときにも留意すべきポイントです。
いかにして、一番難しいハードルである「最初の壁」を越えさせるのか。ここで躓くと、誰もついてきません。
そして、全体俯瞰をさせないと、人は目の前の細部に引っかかってしまいます。そうすると、目指すべき方向についてきてくれません。導くほうも、導かれるほうも、お互いに不幸な結果となります。
最後に、興味を如何に惹きつづけるか、を真剣に考え、取り組むべきです。この頃、ゲーミフィケーションという言葉が流行っていますが、これは「ゲームを楽しんでいるような気持ちでやっていると、気づくと本来の目的(売り手側か買い手側かはさて置いて)が達成されている」ということです。この手法によって、飽きさせない・興味喚起し続けることができる、ということが、目的達成のために非常に重要です。余談ですが、GoogleのMMMMORPGであるIngressも、間違いなく「彼らの目的」のために僕たちはコキ使われていると考えて良いです。⇒ 関連記事:Ingress(イングレス)の「次の一手」は?|Googleの戦略を勝手に予想
本書は、「資本論の全体像をつかむための良書」であると同時に、非常に優れた「教育手法の教科書」であるともいえるわけです。
どう読むか?
最後に、本書の読み方として僕がお勧めしたいのは、「強い酒を煽りながら(まぁ、チビチビ舐めながら、でも結構ですが)軽い気持ちで読み進めること」です。本書の内容にピッタリくるのは「ウオトカ」つまりウォッカなのでしょうが、ウィスキーでもブランデーでもいいと思います。(ただ、テキーラじゃない気がします、なんとなく。)週末の夜に、静かな寝静まった街を尻目に、こういう本を酒の肴にすることこそ、まさに”大人の醍醐味”だなと思うのです。ぜひお試しください。
余談ついでにもう少し。本書の主題からは外れるものの、僕にとって一番心に響いた一節をご紹介させていただいて結びに変えたいと思います。
みなさんも自分の文体を作ることです。スマホでメールなりLINEなり機械的な反射で書いていても、絶対に文体はできません。しゃべり言葉には文体はありませんし、反射するようなやり方では思想はできない。(中略)
書く力が育たなければ、読む力も伸びません。ネットを覗き、スマホをやっているだけだと、いくら文字を売ったとしても書く力は身に付きません。あっさり言いましょう、馬鹿になります。(中略)
だから私がせめての代替案として何を提唱するかというと、プリントアウトです。(中略)仕事上の大事な付き合いの人とか、プライベートで重要な人にメールを出す時は、一回書いてプリントアウトする。その紙に万年筆でもボールペンでもいいからもう一回筆を入れて、それを打ち直して送る。こういう手を使う作業をしてれば、自分の文体ができてきます。
さらに、別の個所でこんなことも書かれてます。
論理が破綻しているけれど、その破綻に気づかれないようにするコツは、接続詞を使わないことなんです。接続詞が無いと勢いで読めるから、論理がどうなっているかに気を取られない。裏返して言えば、自分の文章にしつこく、「言い換えると」とか「しかし」とか「だから」とか「にもかかわらず」とか、接続詞を入れて書く練習をすると論理力がついてきます。
ええ、まさにその通り。以前、メールを書ける人・書けない人という記事でも書きましたが、きちんと修業しないと文章力は身に付きません。この説明は「文章力」の重要性および、それを身に着けるための手法の紹介として、素晴らしいなと思います。本書の中に出てくる「宿題」に実際に取り組んでみる、というような好事家な方は、早速、この”プリントアウト”を取り入れてみてください。
尚、くどいようですが、強い酒を片手に、を推奨しますよ。