clock2014.11.27 09:06
SERVICE
home

地球という丸木舟|馬場正博の「ご隠居の視点」【寄稿】

AUTHOR :   ギックス

大量のエネルギー消費という極めて高いコスト

人間の体温は36-37度位が平熱ですが、普通はこの温度を維持するために、カロリーを消費する必要があります。逆に運動などでカロリーを大量に消費したり、真夏のように気温が高い時は、汗をかいて体温を下げなければいけません。

人間のような哺乳動物は恒温動物といわれるように、一定の平熱を保っていますが、これにはかなりコストがかかります。暑い時にかく汗は大量の水分やミネラルを体から奪いますし、逆に気温が低ければじっとしていても、多くのカロリーを必要とします。

人間の体温は他の哺乳類比べて比較的低く、犬や猫は38-39度が平熱です。その分人間以外の哺乳類は毛皮で被われているので、気温が低いときでも熱を奪われる度合いは人間より小さくなっています。人間は進化の過程で衣服を着るようになって、寒さに耐えることができるようになりましたが、いざとなれば裸になって高い気温にも対応するので、より低い平熱でも暑さに対抗することもできます。

爬虫類や魚類、というより哺乳類と鳥類を除くほとんど全ての動物は、周りの気温の上がり下がりで体温も変化します。このため気温が低くなると生理活動が維持できなくなってしまいます。爬虫類なら気温が20度を下回ると食物を消化することさえできません。哺乳類は高い代謝を行うことで、爬虫類などと比べてはるかに活動的に動くことができます。大型の蛇やワニは非常にゆっくりとしか動きませんが、これは代謝が不活発なのでしかたがありません。

もっとも、爬虫類は代謝が悪いのでノロマだと馬鹿にしていると、とんでもないことになりかねません。ワニが獲物を襲ったり、コブラが飛びかかったりするときは、哺乳類も襲われるほど素早い動きをします。これは爬虫類が体内に瞬発用のエネルギーを蓄えているからです。しかし、この蓄えは一瞬の動きには使えますが、持続的な動きを行えるほど沢山はありません。ですから、ワニやコブラと遭遇しても、走って逃げれば人間のように足のあまり速くない哺乳類でも、逃げのびるのは簡単です。

のろまな爬虫類と俊敏な哺乳類が喧嘩をすると、普通は哺乳類がずっと有利です。ワニはあんなに大きく強力な歯を持っていますが、河川に潜んで動物を襲うようなことしかできません。確かに哺乳類は爬虫類より、進化した動物と言えます。

一方、哺乳類の俊敏さはコストもかかります。一定の温度を維持しないと、代謝が行われなくなり死んでしまうので、爬虫類より体重当たりは大量の食物を必要とします。同じ体重同士ならじっとしていても、哺乳類は爬虫類の4倍程度のカロリーを消費します。しかも、体温があまり高くなるとタンパク質が変性して、言ってみれば生きているままで料理されてしまうようなことになるので、また高いコストをかけて汗のような体温を下げるメカニズムを持たなければいけません。

哺乳類は生きているだけで、多大のコストがかかるので、飲まず食わずで海を長く漂流するようなことはできません。孤島に爬虫類は生育しているのに、哺乳類はいないということがよくありますが、その理由は基礎代謝のコストの差が主な原因です。基礎代謝の低い爬虫類は漂流という方法で隣の島に移動することも可能です。

ダーウィンはガラパゴス諸島の島々に生息するイグアナが島ごとに少しづつ異なっているのを見て、進化論を思いついたと言われますが、離れた島にイグアナがいるためには、少なくとも雌雄のコンビ以上の集団で他の島からイグアナが渡ってこなければなりません。そのような出来事はそうあるものではないでしょうが、哺乳類ならそのような機会があっても、海を越えて集団が別の島に移動するようなことは極めて困難です。イグアナのような爬虫類は省エネが徹底していて、海を飲まず食わずに相当長く漂流していることができるのです。

しかし、大洋に点在する島々に分布するには爬虫類の方が有利なのですが、ひとたび人間が犬や猫のような哺乳類を持ち込むと致命的なことになる危険があります。まともに喧嘩したら、爬虫類は哺乳類に勝てないのです。

哺乳類は高い体温を保って代謝を維持することで、爬虫類よりはるかに寒冷な土地で生き抜くこともできるようになりました。雪の降る中を動き回る爬虫類はいませんが、哺乳類は立派に生活していけます。もっとも、寒くなると哺乳類も体温の維持に色々工夫が必要になります。一つは分厚い毛で被われることですが、体を大きくするという手もあります。体積は体長の3乗に比例して大きくなるのに、表面積は2乗にしか比例しないからです。

人間でも寒い所に住む人たちは相対的に体が大きくなっています。日本人の平均身長は成人男子で170センチくらいですが、北欧のスウェーデン人やノールウェー人は180センチを超えています。同じアジア人の中でも、北方系の人は大型です。韓国人の成人男子の平均身長は173センチと日本人よりは高くなっていますし、中国北東部の人たちは栄養状態がよければ、北欧人に近いほど大きくなります。

逆に、暑い地方では小さく、かつできるだけ平板に体を作った方が放熱上有利です。白人と比べて、胸板が薄く、背の低い南方のアジア人種は高温多湿の気候に適した体です。体の大きさや形状に差がある人類ですが、出身地域を問わず比較的乾燥した20-25度の気温を快適と感じます。これはアフリカのサバンナの高原地方の気候です。人類の発祥の地はアフリカの乾燥したサバンナの付近だと推定されていますが、生理的にはこの気候に人類は最適化されているようです。

人類と700万年前に同じ祖先から分離したチンパンジーがアフリカに閉じ込められたままなのに、人類が地球上広く分布できるようになったのには、体温の調節を衣服で行うようになったことと、火を使用するようになったためと考えられます。衣服や火によって、人類は他の哺乳類と比べてもずっと高いレベルの恒温性を獲得できました。

近代になると、人類は自動車や飛行機を発明しました。自動車や飛行機を生物だと考えるとエネルギーの代謝率は哺乳類よりはるかに高くなっています。乗用車はアイドリング状態でも1時間に1リットル程度のガソリンを消費しますが、カロリー換算をすると約9千kcalで、人間の基礎代謝の100倍以上、重量の差を考えても4倍ほどになります。これは哺乳類と爬虫類の差に匹敵します。また、恒温性についても火だけでなくエアコンを使用することで、年中乾燥サバンナのような環境条件を手に入れることができるようになりました。今や人類は気温や湿度の違いを克服し、宇宙空間ですら生存可能です。

ただ、このような人類の成果は大量のエネルギー消費や文明の維持という極めて高いコストを支払って得られるものです。哺乳類が爬虫類には可能な長い期間での海の漂流に耐えられなかったように、資源やエネルギーの不断の供給がなくては人類文明は存続できません。40度近い真夏の外気から遮断され、良くエアコンの効いた部屋で冷たいビールを飲む。快適ですが、これほどコストのかかる代謝システムを維持するのは大変です。現代の人類も丸木の上で大海を漂流するイグアナと同じように、地球という丸木舟で宇宙を漂流していることには変わりはないのですが。

SERVICE