「ヒトとして生きる」を定義できますか?
本シリーズでは、火の鳥を読み解いていきます。火の鳥の全体構成については、コチラをご参照ください。(尚、本稿で紹介するのは、小学館クリエイティブ発行の「GAMANGA BOOKS」の「火の鳥」です。)
あらすじ
こういうのは、僕がクドクドかくことでもないので、GAMANGA BOOKS版 火の鳥の裏表紙より引用します。
2482年。
交通事故で脳に重傷を負ったレオナは、有機物が無機物に、無機物が有機物に見えるという後遺症を負った。
ある日、レオナは工場でチヒロという女性に出会う。
彼女は工業用ロボットで、レオナにだけ女性に見えていたのだ。
ロボット・ロビタ誕生を描く愛のドラマ。
ストーリーの特徴
本作の主人公レオナは、交通事故により、体の大半を人工的なものと交換され「生き返り」ます。(攻殻機動隊の草薙少佐と同じような状況、と言えばイメージしやすいでしょうか。)その結果、彼は「自己」は認識できますが「他人」をヒトとして認識できなくなります。
ヒトを含んだ有機物は無機物(石や機械的な何か)に見えるようになったレオナですが、無機物(機械)は通常通り認識できます。車は車、道路は道路、建物は建物。つまり、彼は、自分以外の人間が存在しない世界で生きている(と、認識している)わけです。
そんな彼は、機械(ロボット)であるチヒロを「唯一の人間」として認識します。そしてチヒロを愛します。二人は溶鉱炉(レオナには清らかなせせらぎに見えている)のほとりでデートをします。そして、二人で逃避行の旅に出ます。結果的に、逃避行は成功せず、レオナは再び「死」と対面することになります。
そこで、レオナは「人としての”生”」よりも「チヒロと一体化すること」を望み、希望通りに人工知能に記憶をコピーされ「ロビタ」となります。ロビタは、その人間臭さゆえに、人に愛されます。が、最終的には、その人間臭さが災いして罪を着せられてしまいます。その冤罪に対してロビタは「全員で自殺する」というロボットらしからぬ行動に出ることになります。そんなところまで非常に”人間臭い”のは、元来”人間”だったレオナの記憶・頭脳がコピーされていることが原因でしょう。
さらに、自殺に参加できなかった1台は「殺人」によって、自らがロボットではないと証明しようとします。しかし、その願いはかなわず、ヒトとして認められることがないまま、宇宙に遺棄されます。そんな遺棄されたロビタは、300年の時を経て、猿田という男に出会い、共に旅立ちます。
そして、その猿田は、数十年後の地球を描いた「未来編」で生命の研究を孤独に行う猿田博士なのでした。
シリーズ全体における本作の位置づけ
冒頭にリンクを貼った全体構成(リンク先下段)でご紹介した通り、火の鳥シリーズは「ループ構造」になっていますが、その中で、本作は、下図「黄色」の場所に嵌ります。
そして、さらに、本作内においても、時代が行き来します。レオナが事故にあったシーン(2482年)を起点とすると、約100年後に位置する「宇宙編」を飛び越えて、400~500年後について語ります。
さらに、エンディングでは、下図の通り、「未来編まであと100年程」の3334年まで時間が飛びます。この構造は、見ての通り「火の鳥シリーズ全体」と同じ時系列構造になっています。非常に興味深いと思いませんか?
この結果、未来編で「猿田博士の相棒」として活躍していたロビタは、上記のシーン7で、生命の秘密を探る「猿田」と出会ったのだという事が分かります。(つまり、ここから、約70年後に、コンピューターに支配された「地球」が核戦争で滅んでしまうわけですね。)
”ヒト”として生きる とは何なのか。
本作におけるレオナは、果たして「生きて」いるのでしょうか。体の大半=小脳なども全て人工頭脳と置き換えられ、他人をヒトと認識できない。これは「人間としては異常=ヒトとして生きていない」と考えられるように思います。
しかし、その後、彼は、機械(ロボット)であるチヒロを、唯一のヒトとして愛するようになります。そして、そのチヒロ(正確にはチヒロ六一二九八号)もまたレオナを愛します。一方、レオナの親族は、法的にはレオナは死んだものであるとして、遺産分配をしようとします。また、そもそもレオナの大怪我は、親族が企んだものでした。
これらの状況を踏まえると「レオナと親族のどちらが”ヒト”として生きている」のか分からなくなってきませんか?
また、レオナの記憶は複製され、「ロビタ」という妙に人間臭いロボットとして生き続けます。これは、永遠の命を欲した人は死に(黎明編のヒミコなど)、そして歴史に名を残すことを望んだ人はその願いがかなわず忘却された(ヤマト編の大王)のに対して、子孫を残したり、正しい歴史を編纂したことが”生きた証”を後世につなぐこととなった、という火の鳥シリーズ全体での大きなテーマに沿っています。レオナは「生き続けた」わけです。
そして、彼がそうなったのは「誰かを愛していた」からなのではないでしょうか。レオナは、チヒロと一体化することを選びます。自分の”ヒト”としての姿を捨てても。これは、未来編で山野辺マサトがムーピーのタマミを愛して天地創造を経験することになったことに通じますし、(罰ではあるものの)宇宙編で猿田がナナを愛しすぎるあまりに永遠の輪廻転生を繰り返すことになったことにも似ています。
そんな”生き続けることを選んだ”レオナ=ロビタの最後の一体が、生命の秘密を探っている猿田博士と出会うのは、まさしく”奇縁”ではあるものの、やはり”運命”だったと言えるでしょう。
火の鳥シリーズは、過去の作品とのつながりが徐々に明らかになっていくことにより、ますます深みを増していきます。そして「生きるとは何か」という命題にも近づいていくことになります。今後も頑張って読み解きますが、是非、みなさんも実際に作品を手に取ってみていただければと思います。
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