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1to1のユーザー体験を提供するために JR西日本「WESTER」開発、ローンチからの「現在地」

AUTHOR :   ギックス

2020年、JR西日本のデジタル戦略の軸として、移動だけではない「顧客体験の向上」を目指すためにローンチされた「WESTER」。その中にユーザー活性化の仕掛けとして導入された「マイグル」ですが、現在の形になるまでには開発上のさまざまなハードルをクリアしなければなりませんでした。

今でこそ外部サービスとの連携で日々コンテンツが増やせる「WESTER」ですが、どのような開発を経て現在の「マイグル」との連携が生まれたのでしょうか。西日本旅客鉄道株式会社 デジタルソリューション本部 システムマネジメント部 MaaS基盤 課長 藤原 正道氏に、ギックス Mygru Division Leader堀越 豪が聞きました。

ゼロイチでWESTERに「顧客接点」を作るために

堀越 藤原さんは「WESTER」ローンチ当初、どのようなことを担当されていたのですか?「マイグル」を導入したきっかけなども含めて教えてください。

藤原 2020年9月24日に「WESTER」をローンチしたのですが、その直後から「ただ経路検索できても移動は生まれないし、当社のサービスも使ってもらえないので何か仕掛けが要る」とメンバーと話していました。その中で当時、当社系列の商業施設を横断したポイントアプリ「WESPO」で施設内の買い周りや駅・商業施設間の買い周りの促進に実績があった「マイグル」の話を耳にし、「WESTER」にも導入すれば面白いのではと直感しました。


「マイグル」の導入検討を進める中で、せっかくであればICOCA決済と「マイグル」のスタンプの獲得を紐付けたり、ICOCA番号や当時構想段階にあったWESTER IDと連携することで、ポイントを活用して「マイグル」上で実施するミッションに対するインセンティブを付与したりなど、シームレスにしたいという思いがありました。

西日本旅客鉄道株式会社
デジタルソリューション本部 システムマネジメント部  MaaS基盤 課長 兼 関西MaaS PT
藤原 正道

2010年に西日本旅客鉄道株式会社に入社、神戸支社に配属後、鉄道車両メンテナンスの経験を経て、IT本部にてITガバナンスや業務システム開発を担当。2020年より総合企画本部MaaS推進部、デジタルソリューション本部、システムマネジメント部にてWESTERを中心としたMaaSアプリの企画開発を担当し、2024年6月より現職。

今でこそWESTER IDがあってICOCA番号を取得するための便利なAPIが用意されてますが、当時はAPIも無かったので、アプリを利用するお客様とICOCA番号をどのように紐づけるか、というところからスタートしました。当時はWESTER IDではなく、J-WEST IDという会員IDがあったのですが、WESTERアプリ上でこちらの会員IDのマイページにログインしていただくことで、アプリ側の識別子とICOCA番号を紐付ける仕組みをWEBスクレイピングによって実現し、「WESTER」を経由して「マイグル」側に連携できる仕組みを作りました。また、ICOCA番号といった当社において個人情報に該当するデータを安全に扱うため、法務部門・セキュリティ部門とも相談した上で、個人データを扱うためのセキュリティ体制をギックスさんと共に構築しました。導入に当たって様々な技術課題のクリアが必要ではありましたが、ICOCA番号やICOCAポイントを活用した当社ならではのキャンペーンを、2023年のWESTER ID統合までに色々試せたのは大きかったです。

堀越 当時はすべてゼロイチでの開発でしたね。「マイグル」導入初期は、「WESTER」の仕様をどのように変更していったのでしょうか。

藤原 アプリでスムーズに「マイグル」で展開するキャンペーンに参加できる導線を整備するためにバナーリンクという形で「マイグル」のキャンペーンを掲出する仕組みを作りました。アプリ側の識別子を活用することで会員IDを取らなくても簡単に参加できるようにもしました。
また、「マイグル」のキャンペーンで条件通りスタンプを集めた方に対してポイントを付与しなければならなかったので、アプリ側の識別子とICOCAの番号をセットで持たせて識別し、ICOCAに対してポイントを付ける仕組みにしました。現在はWESTERポイントなど簡単にポイント付与できる機構がありますが、当時はICOCAポイントとしてカードにポイントを振るしかなく、カードにポイント付与する場合はお客様にそのことを通知できないという悩みがありました。「マイグル」を使うと、ポイント付与したタイミングや条件達成したタイミングでお客様に特典の内容をお知らせできる仕組みが簡単に作れたので、「これは画期的だ」と思ったのを覚えています。

堀越 2020年の段階から「マイグル」を深く理解いただき、使いこなしてくださっていましたよね。

藤原 「WESTER」が単純な経路検索アプリだったら、少し触られるだけで終わってしまうという危機感がありました。かつ、ローンチ直後に出したデジタル戦略では、今後「共通ポイント」「共通会員」で顧客体験を良くしていこうと。顧客接点としてどのようなものが必要なのか?という意識で改善していかないと…というのがありましたね。

アンケートに従ってお客様が行きたいであろう場所をレコメンドする、インセンティブを極力早めに分かりやすく提供するなど、我々が1から作るのは難しい。「マイグル」とAPI連携できるように仕組みだけ作っておけば、あとはキャンペーンを企画する担当者の試行錯誤によって良いものができるんじゃないかと。いかに色々な行動をデジタル上で表現するか、ということに注力していた感じです。

たとえば特定の列車を予約されているお客様に対して、クーポンやプレゼントをアプリで渡せるような仕組み。従来は特急券などを窓口で見せてもらい、特典を紙で渡すということをやっていました。これをお客様が「WESTER」上でデジタルかつセルフでお受け取り頂くといったことも、特急列車の予約履歴と「マイグル」を組み合わせることで実現できます。このような感じで、WESTERアプリとAPI連携さえ行えれば、あとは色々と料理できるイメージがつきました。

1to1の「レコメンド精度」向上のためのトライ

堀越 さまざま開発や企画をやってきて、いわゆる「早すぎて」流行らなかったものもあったわけですが、「先にやっていた」という部分は後々で生きてきた部分もありますよね。

株式会社ギックス Mygru Division Leader 堀越 豪

藤原 「WESTER」と「マイグル」の連携は、2020年の11月から考えて、チームで会話しながら2か月後にアーキテクチャの骨格ができて、そこから要件定義・設計を経て、2021年4月末を開発を終えることができました。

スピード感を持って進められたのは、お互い持っている情報を持ち寄りながら制約条件なども理解しつつ、ニーズとシーズをすり合わせてこういう技術要素があるからこういう体験が作れそう…という動き方ができたのが大きい。「マイグル」というフロントがあったからこそ、必要となるAPIなどバックエンドの仕組みがすごく分かりやすく作れたのかなと。

堀越 そうした中で、具体的に印象に残っている企画はありますか?

藤原 「マイグル」を始めて1年くらい経った頃の「サイコロきっぷ」というアプリ上でサイコロを振って目的地を決めるという企画でしょうか。当時「WESTER」では、データを蓄え、分析し、レコメンドの精度を上げる1 to1を目指す世界観だったので、「イロモノ的な企画はどうか…」という反対意見もあったんですが、最終的には「やろうぜ」と。

私個人としては、「アプリを利用する方の数が足りていない」という課題感がありました。少しでも参加者を増やさないとデータも取れないので、まずは「ユーザーを取りに行こう」という思いでスタートして。既存の発券システムと連携してランダムに行き先を決める仕組みや、サイコロで選ぶようなUIなどを「マイグル」や「WESTER」を使って表現する形で…3か月足らずで作ったようなイメージですね。

堀越 3ヶ月ですか!「サイコロきっぷ」もそうですが、もともとある仕組みの中で使えるものを探してきて、どうしたらうまく繋げるかというのを都度やってきたのですね。

「失敗を受け入れる」「まずはやってみる」、コンパクトな開発と改善のプロセス

藤原 2022年度ごろまでは、顧客との色々な接点をスタンプとしてデータ化・ポイント化したり仕組みを作ったりと実験するフェーズだったので、全部が全部生き残っているわけではないですが、一定得られた成果をもとに今の形があります。なので、当時は鉄道事業を行う営業本部や、地域共創を目指す部署から相談が来たら何でも請けるという考えが責任者である内田を始めチームに根付いていました。

鉄道事業が主軸の当社ですが、これからやはり 1to1の機能が必要だし、当時は「グループシナジーを考えていこう」と良い意味で風土が変わっていった時期でした。もちろんその裏には失敗もあるんですが、社長がその点は「失敗を恐れずやれ」という形でカバーしてくれたので、チャレンジし続けられたのかなと思います。

今ではWESTERセンターというコールセンターがありますが、当初は私が「wester-support@….」のようなメールアドレスで受け付けて、「ログインできない」といったお客様へのサポート業務を行っていたんです。始まり方がこんな感じでしたし、機能や仕組みを少しずつ開発して実装していたので、「まずはやってみる」姿勢には自然になっていました。

堀越 “失敗から学んで仕組みを柔軟に変える”という点で、「WESTER」はまさにクラウドサービス的な作り方をされていますよね。

藤原 そうですね、現在も改善は常に行っています。お客さまの安全に関わるような領域での失敗は許されませんが、「WESTER」は安全と直結するサービスではないのでまずはチャレンジしてみて振り返り、少しずつ直す方針です。「マイグル」との連携についても、「完璧に作ってローンチ」するというスタイルだと、おそらく、数年かけてようやく1件キャンペーンが実施できるといったレベル感になっていたと思いますし、失敗を受け入れるスタイルでチャレンジしたことで、多くのヒットキャンペーンも生み出せたので、この方針が合っていたのかなと思います。

堀越 現在は「改善」フェーズが主でゼロイチ的な開発は「WESTER」と「マイグル」の接続部分では少ないですよね。

藤原 そうですよね、IDが連携できてしまうと、あとはデータが集まっている「データレイク」といかに繋ぐかという世界になってくるので。

仕組みづくりが落ち着いた現在の課題感で言うと、キャンペーンをたくさん打てるようになったのは素晴らしいんですが、多すぎて埋もれてしまう面も。お客様それぞれに対して、興味があるキャンペーンを目につく場所に置かないと…という課題はありますね。

アクティブユーザーを増やし「経済圏」を広げる

堀越 現在の藤原さんのミッションというのは?

藤原 いまは「WESTER」の開発現場は離れていて、「WESTER」や「KANSAI MaaS」といったMaaSアプリのシステム開発全体を総括するという立ち位置で、「WESTER」においては、日々の安定稼働を担保しながら、開発スピードを高めていくことがミッションとなっています。

2023年まではWESTERポイントの実装等、ウォーターフォール型の開発がメインだったのですが、現在は内製開発チームによるアジャイル型の開発を主軸に据えていて、2023年度は年に7回ものアプリアップデートを行う等、以前よりも開発スピードを着実に高めることができました。

一方、どんな開発でもリスクはつきもので、過去ヒットした「ICOCAに+」というキャンペーンでは、お知らせのプッシュ通知を送った際にアクセスが殺到することで、一時的に「WESTER」アプリそのものに繋がりづらくなる事象を発生させてしまいました。調査を行った結果、一気にプッシュ通知のリクエストを送っていたことによってデータベースに負荷が掛かっていることが判明したので、キューイングという手法でリクエストを少しずつ処理する仕組みを作りました。このような日々の安定稼働を担保するための改善活動は見えづらいですが、開発スピードを高めることと同じぐらい価値があるものであり、両輪で進めていく必要があると考えています。

堀越 現在は、アクティブユーザー増、WESTERポイントユーザー増に貢献するため「マイグル」での賑やかし的なところと、「e5489」のような鉄道事業そのものに求められているコアな機能をネイティブアプリに増築していく2つの面が同時に走っているようなイメージですかね?

藤原 コア機能の磨き上げはアプリの魅力向上には欠かせないと考えていますが、一方で賑やかしそのものがお客様にとっての「目的」だったりするので、両輪で回す必要があると考えています。たとえば、どこかに行きたいが「目的」であり、「e5489」で予約するというのは「手段」。そこに行きたいという「目的」を様々なキャンペーン・ミッションという形でユーザーに提示できるのは「マイグル」の強みです。それ以外にも、当社グループが提供する旅行商品であったりフリーパスであったりも紐づけて、新たな価値を生み出すことはできるんじゃないかと思っています。

堀越 キャンペーンの中には、まだ紙などを使ったアナログなものもあると思うんですが、そういうものと共存するスタンスか、どんどん「WESTER」に吸収していくスタンスかでいうとどちらなのでしょうか?

藤原 紙は紙で一部残るところもあると思う反面、デジタルのほうがデータも取れますし最終的にお客様に対して還元できる部分も大きいのかなと。ただデジタルはあくまで目的ではなく手段なので、お客様がどう考えていらっしゃるかが大切。紙のスタンプシートは思い出として残したいという方もいるので、スタンプシートの履歴をデジタルで保存できるような仕組みを作る議論も出てきています。

あと1to1という観点で、たとえば「e5489」で新大阪駅発着のチケットを予約していて、WESTERアプリを持っている方に、半径500m以内に接近すると個別で「バーコード提示し当社グループの施設でお買い物をするとポイント付与」というようなオファーを出せる仕組みも作っています。人に応じて求めている情報を適時適切なタイミングでオファーできるので、全方位的にプッシュ通知するよりも活用してくださる可能性が上がるかなと。

ひとつ大きなゼロイチの開発を走らせるというのではなくて、それぞれが持っている情報やインターフェイスの仕様をもとに、「どう連携したらこういう体験が作れるか?」を考えていくという面が大きいですね。例えばこのオファーを出す仕組みでは、「e5489」-「WESTERアプリ」-「マイグル」-「リアルタイムレコメンドエンジン」-「WESTERポイント」と一通り繋がる仕組みになっています。

ポジティブでスピード感ある開発が「拡大期」を支える

堀越 「マイグル」を使い続けていただいていて、開発元であるギックスを評価いただくならば(笑)どういうところになりますか?

藤原 「ポジティブさとスピード感」に尽きるかなと思いますね。一般的なシステム会社さんだと、システムが適切に動かせるかを重視して保守的になる傾向があると思うんです。ただギックスさんは、「できません」とかネガティブなことを言わない。もちろん技術的に素晴らしいというのもあるんですが、スピード感を持って前向きに「どうやったらできるか」をベースに議論いただけるなと思います。

当初の「WESTER」はダウンロード数が芳しくなかったので、危機感ややりたいこともお伝えして、その打ち返しとしてのアイデアの豊富さ、実現するための仕組みも提案していただけて。お互いできること・できないことを分かったうえで、落としどころを探りつつ、ユーザー体験を損なわないという部分をすり合わせながら進められたのが良かったかなと思います。

堀越 ありがとうございます。まずはやる前提、その上での優先度付けは心掛けています。あとは最近はキャンペーンがたくさん増えて課題感が別に移ったという気がしていて、「WESTER」「マイグル」としてお客様にどうすればもっと楽しんで価値を感じてもらえるか。そこが今後考えていきたいところかなと。

藤原 「WESTER」はまだ拡大期なんですよね。もっと価値を感じてもらえる人を増やしたら「アクティブユーザーも経済圏ももっと広がるかもしれない。あとは得た知見を当社グループの別サービスに活かす取り組みもこれからです。

一例として、「tabiwa by WESTER(以下、tabiwa)」では、コストや工数の観点から、数年来「旅程を提案する」機能の実装がなかなか進んでいませんでした。このような中で、「マイグル」側で新規開発し、連携することで、求めていたのとほとんど同じ体験を短期間で実現できたんです。

日常領域の「WESTER」で成功した事例を、旅行など非日常のシーン向けの「tabiwa」でも広げていきたいですね。行動履歴や購買履歴など、データを元に「WESTER」であれば最適なキャンペーン、「tabiwa」であれば最適な旅行ルートをレコメンドできたりする世界観。そうしてお客様が意識しなくても1to 1の体験が享受できて、毎日アプリを開きたくなる仕掛けづくりに引き続き尽力していきたいと思っています。

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