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「爆買い」の次へ。中国人観光客を取り巻く慣習と最新事情〜「マイグル」活用 訪日外国人向け新サービス開発への勘所〜

AUTHOR :   ギックス

昨今のインバウンド需要は、2023年3月度にはコロナ前の2019年同月と比較して65.8%(※1)と回復傾向にあります。また訪日外国人のうち最盛期には約3割(※2)を占めていた中国からの旅行者に限ると、水際対策の緩和、個人旅行ビザの発給再開、航空便の増便などにより、今後急速に増加することが見込まれています。

このような中、ギックスでは2023年5月8日、ルイスマーケティング、Beyondgeとマイグルを活用した訪日外国人向けサービスの共同開発における業務提携を発表しました。

今回、共同開発パートナーであるルイスマーケティング 沢登秀明氏、Beyondge 野上隆徳氏とギックス代表 網野の鼎談を通じて、新サービス開発の構想段階において中国インバウンド市場をいかに理解すべきかについて議論。中国からの旅行者特有の慣習、海外旅行回帰に伴う最新動向や情報収集手段など、中国からの旅行者をターゲットとした新サービスの勘所についてお話します。

※1 日本政府観光局(JNTO)、訪日外客数(2023年3月推計値)
※2 日本政府観光局(JNTO)、訪日外客数(2019年12月および年間推計値)

アクセンチュア出身3者が協力、インバウンド向けサービスに着手

網野:沢登さんとのご縁は、2023年3月に発表したBeyondgeさんとの協業の中で、マイグル(※3)のインバウンド向け機能強化について議論していたところ、野上さんからご紹介いただいたのがきっかけでしたね。

野上:中国市場といえば、沢登さんの右に出る者はいないですから。

沢登:ありがとうございます。マイグルが持つ機能と実績をお伺いして、個人的に抱えていた中国からの旅行者に対する課題解決につながると思い、お話をさせてもらいました。

株式会社ルイスマーケティング 日本事業最高責任者
上海润世企业营销管理股份有限公司 副総裁
沢登 秀明 氏
アクセンチュアを経て、元同僚たちとエンプレックス株式会社を創業、統合eCRMソリューション「eMplex CRM」 を企画・開発。中国市場にも進出し2カ国でのべ300社以上への導入を果たす。その後住商情報システム(現SCSK)へ事業譲渡後、2011年に当時急成長中だった中国上海へ渡る。中国市場では、EC・デジタルマーケティング黎明期からECやインフルエンサーマーケティングなどに携わり、中国に進出する多数の日系企業を様々な局面でサポート。爆買いで賑わった2015年に日本法人ルイスマーケティングを設立、習慣の違いに戸惑うことの多い日系企業に対し信頼できる水先案内人となるべく、中国と日本の2拠点からあらゆる面でのサポートをしている。

網野:3名ともアクセンチュア出身で、コンサルタントとしての言語が共通していることもあり、すぐに意気投合しましたね。沢登さんの中国市場への知見の深さに、ぜひご一緒したいとすぐにお声がけしました。

※3 ギックスが提供する商業施設・観光事業向けに提供するキャンペーンツール

中国からの旅行者は回復傾向、団体旅行の解禁がターニングポイントに

網野:今回改めてお話を伺っていきたいのですが、12年間中国にお住まいの沢登さんから見て、訪日中国人旅行者の現在の動向をどのように見られていますか?

沢登:日本の水際対策緩和により、徐々に中国から日本への旅行者数も回復傾向にあります。まだ団体旅行は解禁されていないので、解禁されると多くの方が日本へ訪れると思います。

野上:旅行先としての日本の人気はどうでしょうか?

Beyondge株式会社 代表取締役CEO/Founder 野上隆徳 氏
アクセンチュア、デロイトトーマツコンサルティング、イグニション・ポイントを経て2022年にBeyondge株式会社を創業。「あたらしい世界のその先へ」をビジョンに、スタートアップへの出資とバリューアップを実現する「Go Beyond」サービスと、大企業向けの非連続な成長を実現する「Next Beyond」を強みに、イノベーションを加速。
20年以上に渡るコンサルティングに加え、複数のスタートアップ創出、資金調達、出資、成長支援及びイグジットを実現しており、シリアルアントレプレナーとして活動。

沢登:海外旅行で人気なのは、ビザなしで行ける「タイ」がトップ、日本は第3位となっています。コロナ前の2019年頃は、タイは隣接国で物価も安く気軽に行ける人気の国でした。現在は物価が変化したことや治安の面からみても、相対的に日本の魅力は高まっていますね。

滞在は1週間以上、出発前に旅行行程も計画済み

網野:中国から日本に旅行する場合、期間はどの程度滞在することが多いのですか?

沢登:中国の方が旅行に行くときは、短くても1週間から10日間ほどが一般的です。

網野:意外と長い。日本人がアジア圏へ旅行に行く場合は、1〜2泊ほどで行くことが多いですよね。

株式会社ギックス 代表取締役CEO 網野 知博
CSK(現SCSK)、アクセンチュア、日本アイ・ビー・エムを経て、 2012年にギックスを創業。「あらゆる判断を、データインフォームドに。」を企業のパーパスとして掲げ、様々な業界、領域のビジネス判断へのデータ活用を推進。
長年の戦略コンサルティング経験に基づく事業構造の把握および事業拡大のための戦略策定能力に加え、社内に培われた機械学習などのデータサイエンス力や、クラウド技術をはじめとする最新テクノロジー活用力を組み合わせることで、クライアントの日々の業務を「データインフォームド」なものへと変化させ、再現性の高い事業成長を支援。

沢登:韓国や台湾の方も日本へ来る場合は短期旅行が一般的ですね。中国大陸の各地から日本へ来る人たちには、国内の公共交通機関が関係しているかもしれません。

私はちょうど今週末に中国へ帰るのですが、直行便が取れなかったため、南西部に位置する重慶まで、1,300kmほど離れた広州経由の便で帰ります。重慶へは直行便の場合でも、約6~7時間かかりますが、経由する場合、成田から広州までは約4~5時間、広州から重慶まで約4時間、乗り換えも含めると10時間程度はかかってしまいます。

羽田・成田から上海間は3時間程度ですが、地方都市在住者は移動にかなりの時間を費やします。とはいえ飛行機のチケットは乗り継ぎの方が安いので、旅行に行く際は長期で楽しみたいという人が多い傾向にあります。

野上:1週間ほどの旅行となると、事前の情報収集が大変そうですね。

沢登:旅行に行く前に全日程の計画を立てている人が多いです。行きたい所、泊まる所、食事をする所や移動方法など、事前に調べて、予約ができるところは予約をしておきます。団体旅行に限らず個人旅行でも、また国内旅行でも工程表を作る人が実は多いのです。

目的地は「みんなが行く場所」「まだみんなが知らない場所」の2パターン

野上:旅行で行きたい場所というのは、やはり有名な観光地がメインとなりますか?

沢登:2パターンあります。中国では国内旅行でも、”有名な観光地に山登りに行くと人が多くて登れない”といった体験をしている人が多くいます。日本へ旅行に行っても、中国の方に人気の観光地は人が多くてゆっくりときれいな写真も撮れないので、できる限り「まだ広まっていないマニアックな場所」を探したいというニーズも高いです。

日本ではないですが、最近では今年のゴールデンウィーク(※4)に、中国大陸の東部、青島(チンタオ)ビールで有名な山東省青島市の西側に位置する、「淄博/ジーボー(日本語読み:しはく)」という小さな町にある屋台のBBQ街が、中国版のTikTok「抖音/ドウイン」や中国版Twitterと言われる「Weibo(微博/ウェイボー)」内で話題となったことがきっかけで、人が殺到しました。お店は一般的な屋台なのですが、そういった隠れ家のような場所に行きたい人が増えている感覚があります。

※4 中国では「黄金周」と言われ、国の祝日と定められている5月1日の「労働節(メーデー)」から始まる1週間の休日を指す。

網野:インフルエンサーが広めたということでしょうか?

沢登:フォロワーの数がそう多くないマイクロインフルエンサーの投稿をきっかけにインフルエンサーが集まり、彼らが投稿した結果、中国全土に広がったという感じです。

このような、「まだ広まっていないマニアックな場所」とともに、「みんなが写真を撮っている場所」にもニーズがあり、両方を目的地に組み込む人が多い傾向です。

インフルエンサーに頼る理由は「紙媒体の少なさ」と「アクセス制限」

網野:日本では旅行ガイドを準備するのが定番ですが、中国でも同様のものはあるのでしょうか?

沢登:実は中国では旅行ガイドが普及していません。そもそも人口に対する書店の数は、日本の1000分の1しかありません。紙媒体が浸透する前に、インターネットを介した情報取得が一般化した影響かと考えています。

そのため、旅行先の情報もソーシャルメディアで調べるのが一般的です。たとえば、旅行系の「马蜂窝・馬蜂窩(マーフォンウォ)」「穷游・窮遊(チョンヨウ)」といった旅行記アプリでは、他の人が記録した行程を見ることができます。1日目はこの順番で移動して、だいたいどのぐらい時間が掛かったのかなど、細かく記載されたものを参考にして決めています。そのほかに、中国版のInstagramと呼ばれる「小紅書(RED)」や「抖音(ドウイン)」で話題になっているところを参考にします。

最近では、日本にいったらやりたいこととして人気があるのは、瀬戸内のしまなみ海道でのサイクリングや、漫画「スラムダンク」のモデルとなった鎌倉高校前での写真撮影です。多くの人が「聖地巡礼」というタグを付けて、「小紅書(RED)」や「抖音(ドウイン)」で投稿しています。

野上:中国ではインターネット規制により、使えるSNSアプリも違うし、Google Mapなども使えないですもんね。

沢登:そうですね。例えば、日本国内でインターネットに接続するとしても、中国の携帯からローミングで利用する場合は、中国国内と同様のインターネット規制がかかります。Wi-Fiにつなげることができれば、規制を回避することができますが、日本はまだまだフリーWi-Fiが少ないです。

野上:東京都心ではそれなりには整備されていますが、どこでもつながるという環境ではないですね。

沢登:もちろん、ホテルなどのWi-Fiを使って、日本に来てから調べるということもありますが、先ほど話したように、旅行に行く前にある程度の行程を考えていますので、中国国内で得られる情報から行程を考えるしかありません。そのため、SNSに投稿される情報に頼るしかなく、結果的にインフルエンサーの影響力が強くなっていると考えられます。

「爆買い」需要はコロナ後終息見込み。買い物に求められるのは「信頼」と「お得感」

網野:またコロナ禍以前のような、「爆買い」需要は戻ってくるのでしょうか?

沢登:おそらく当時のような買い方ではなくなると思っています。日本の食べ物や化粧品などはこれまでのように買われると思いますが、不景気の影響で衝動買いは減っています。また、家電やブランド物など比較的高額なものは、慎重に選択される傾向になると思います。

もしかしたら、中古のブランド品は爆買いの対象になるかもしれませんね。中国最大の越境ECサイト「天猫国際(Tmall Global)」では、ハイブランド専門のリセールサイト「RECLO」が出店し、ライブコマースでとても売れています。中国だと偽物も多く流通していますが、日本で購入するものは本物だろうという信頼感もあります。

野上:偽物、ですか。

沢登:「アリババ」のような大きなECサイトでは、見返りをもらえるからとサクラによるポジティブなレビューが集まることが常態化しています。そのため消費者は、“信頼できる情報なのか?”と、いつも身構えて買い物をしなければいけない。

例えば、タカミスキンピールという日本のスキンケア商品は「小藍瓶(シャオランピン)」という、小さい青い瓶という意味のニックネームが付いており、それを「小紅書(RED)」で検索し、本音で書かれた口コミを調べています。インフルエンサーがPRとして書いているものや、実際に購入した一般の人が書いているものなど、いくつもの口コミを見ながら、信用できるか否かを各々が判断しています。さらに、大手ECサイトの「淘宝(タオバオ)」では、低い評価(差评/チャーピン)に絞って検索をする機能があり、低い評価の口コミを参考にする人も多くいます。

野上:マイグルで日本のスポットの情報を提供する場合には、良い情報だけではなく、ネガティブな情報、例えば、中国語に対応していませんなど、の注意点も入れたほうが、中国の方からは信頼を得られるかもしれないですね。

沢登:重要な視点ですね。他にも、販促施策としてクーポンやプレゼントは非常に重宝され、喜ばれる傾向にあります。中国では定価に上乗せした金額をもとに「割引」と標榜することで、定価で販売しているにも関わらずお得感を演出することがあります。一方で、日本のクーポン施策は定価を基準に割引されるため、一般価格よりもお得に購入できることから好まれています。

中国現地アプリへの情報発信がマスト。WeChatの威力と2大SNSツール

網野:中国の方にサービスを提供するにあたり、他に注意すべき点はありそうでしょうか。

沢登:少なくとも中国の方が使っているアプリの中で情報を提供することですね。そうでないとリーチできないと言っても過言ではありません。

例えば、日本の花火大会の映像と一緒に、どこでやっていて、見に行った方が良いというような内容が、中国の動画共有サイト「bilibili(ビリビリ)」やSNSに投稿されており、その投稿から実際に出かける人もいます。日本国内のWebサイトをどれだけ中国語フレンドリーにしても、中国国内のインターネット環境ではアクセスする手段がありません。そのため現地アプリに情報を届けることが必須となります。

花火大会だと、雨が降って中止・延期になるなど、本当にその日に実施されるかわからないですよね。そのため公式が発信元となり、リアルタイムで情報が更新されるのが最終的には理想です。

野上:具体的にはどのようなアプリであれば適切にリーチできるのでしょうか。

沢登:観光という観点で情報を届けるためには、3つを押さえておきたいですね。

1つはグローバルMAUが13億人超(※5)、ユーザー数は中国大陸の全アプリの中でNo.1のメッセンジャーアプリ「WeChat(微信)」。スマートフォンを持つ方はほぼ100%インストールしており、使ったことがない人はいないぐらい普及しています。街中にあるバーコードをスキャンして、WeChatのインターフェース上で情報を見るということは、誰もがやったことがある行為です。

そして、ここまでのお話で何度も登場していますが、中国版のInstagramと言われる「小紅書(RED)」と中国版のTikTok「抖音/ドウイン」です。日本の商品や、観光地などを検索し、旅行に行く前から旅行中にかけての情報収集、そして旅行後にも、実際はどうだったかなど多くの人が自身の感想を投稿しています。

※2023年3月時点。「TENCENT ANNOUNCES 2023 FIRST QUARTER RESULTS」(2023/5/17、Tencent)https://static.www.tencent.com/uploads/2023/05/17/7b07c1a2b0befc1a89a6fc4219ed6cae.pdf

「旅行を楽しむため」に必要な情報が不足している

網野:中国からの旅行者に情報を届けるツールとして、WeChat上で使える「マイグル」の開発を進めています。WeChatのミニプログラムに対応することで、アプリのDL不要、同プラットフォーム上でサービスを利用できる。これは沢登さんにいただいた知見から発案したものです。

沢登:はい。実際に中国でも、多くの企業がミニプログラム上でサービスを展開しており、消費者の利用ハードルが低い手法になっています。

野上:日本では新たなアプリのDL不要な「LINEミニアプリ版」のマイグルはすでに提供していますよね。ブラウザ上で提供していた時期よりも参加率が高まったと聞いています。

手法は定まっている一方で、重要なのは「どのような情報を届けるか」です。旅行者は求めているけれど特に不足している情報はあるのでしょうか?

沢登:例えば、来日される中国人の方が旅行の際に情報が少なくて一番困っていることは「食事」に関するものだと思います。日本のおいしいものを食べたいけれど良いお店がわからない、良いお店といっても実際に口コミはどうなのか、言語の問題があるから対応してもらえるのかわからない。このように、お店を選ぶ際に欲しい現地の情報を得ることができません。

一般的に、食事についての情報源は中国最大規模の口コミサイト「大众点评(たいしゅうてんひょう)」を参考にする方が多いです。世界中の店舗が掲載されているものの、日本のお店の掲載数はまだまだ少ないです。

野上:この地域ではこれが有名だから食べたほうが良いとか、これを食べるならこのお店が良いという情報が提供できたら良いですね。

沢登:そうですね。よく中国の友人からも、お店はどこが良いのか、何を食べれば良いのか
、ということを聞かれます。有名な観光地であれば、ある程度の情報を得ることができますが、飲食店などの情報はまだまだ不足していると感じています。

中国人旅行者を理解し、適切なツールで旅行体験をアップデート

沢登:今まで中国からの旅行者は、ネットワークインフラの壁や文化・行動パターンの違いから、日本のリアルで最新の情報にアクセスできない課題がありました。解決するためには、Webサイトを中国語対応にするだけでは不十分で、中国の方が利用するネットワーク、行動習慣などに適切に対応することが必要。今回開発するサービスを介して、豊富な日本の情報に触れることで、旅行体験をより良いものにしていきたいです。

野上:流行り廃りのスピードが早い中国は、柔軟なサービス設計や迅速な社会実装を得意とするBeyondgeの強みを生かせる市場だと考えています。構想段階から参画することで、今後生まれるニーズも見据えた汎用性の高いサービスの開発を進めていきます。

網野:マイグルは提供開始から3年半が経過し、周遊や買い回りにおいて積み重ねてきた実績があります。2社にご協力いただき、マイグルの提供によって得た知見を活用して新サービスの提供を実現することで、訪日観光客が選択したスポットの情報や訪問先などのデータから、観光客にとっても観光地にとっても適切な施策の実施や改善のための判断を支援することができると考えています。

今後、ルイスマーケティングさん、Beyondgeさんとの協業を核に、インバウンド領域においても国内旅行者と同様に、データをもとに事業判断を行うため、つまりデータインフォームドな判断のための礎を築いていきます。
エンドユーザーにとっても、サービス提供者にとっても、より一層のメリットがあり、使いやすいサービスになるよう継続的にマイグルを強化し、世の中の皆様にしっかりと価値提供していければと考えています。

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