TTL(Through The Line)とMOT (Moment of Truth) 後編
トップランナーと「アドテクノロジー」を語る
デジタルマーケティング領域で日本を代表する第一人者の菅原健一氏。
2月中旬に菅原氏の共著作である『ザ・アドテクノロジー データマーケティングの基礎からアトリビューションの概念まで』(翔泳社)が発刊されたのを機に、弊社の網野知博が対談を行って参りました。
(インタビュー日時:2月24日 ※発言内容は当時の状況になります)
網野:
ここで少しデジタルマーケティングから離れて、経営寄りの立場で話をしたいと思います。
MOT(Moment Of Truth)という言葉があります。日本語訳だと、真実の瞬間。とどめの一撃とか、正念場というニュアンスらしいです。
スカンジナビア航空が経営不振に陥っている時に当時のCEOであるヤン・カールソンが、自社のスタッフの対応がイケていなかった場を目の当たりにして気づいたらしいです。
自社にとって物理的な顧客接点は毎回毎回が真剣勝負の場。そのため、顧客接点を全て洗い出し、全ての主要なコンタクトポイントで行き届いたサービスを展開すべきであると考えたようです。
「その瞬間こそ私たちが顧客に、スカンジナビア航空が最良の選択だったと納得していただかなければならないときなのだ」というのが彼の名言です。(笑)
お客様に対して、自社が持てる接点ってどれ位あるんだろう?と考え、自社とお客様との接点でマイナスイメージを与えることでどれだけ収益を損なってしまうのかということを説いています。広告での接点でもそうなのですが、顧客への一貫したメッセージとそれを担保する対応に変えないといけないということだと思うのですよね。
MOTは日本語だと真実の瞬間だけど、本来は「一期一会」、「一撃で仕留める」、「正念場」という意味合いみたいです。この「一撃」でというのが欧米人っぽい考え方ですよね。(笑)
それで、スカンジナビア航空の例でいうと、顧客接点を洗い出し、そこで対応を改善し、業績を持ち直しました。
ここで、また菅原さんとのTTL( Through The Line)に話が戻る、というより、つながるのですが、広告でもチャネルが変わっても一貫したメッセージが望ましいのに加え、MOTでも一貫したメッセージ、対応が望ましいのですよね。
だって、その企業から、「我々の対応イケてますよー。とってもラグジュアリーのブランドですよー。」という類の広告を受けていて、それを見ているタイミングでその会社の従業員がガム噛んでダラダラ働いていたら、それはもう絶望的なくらい萎えますからね。(笑)
菅原:
それってバナーとランディングページにも起こりえる、期待値コントロールの問題でもありますよね。(笑)
今の話の観点が良いなと思うのは、通常の分析はディシジョンツリー的な考えで行いますよね。例えば、あらゆる要因の中で何が決定要因になっているかを定めて、決定要因からブレイクダウンしていこうというアプローチだと思います。
今の網野さんの話を聞いていると、真逆のアプローチも有りだと思うんですよね。顧客の接点という資産をどう変えるのか。ザッポスCEOのトニー・シェイも同じようなことを言っていました。
顧客と接点を持つことは素晴らしいことで、ディシジョンツリー見つけるのではなく、ディシジョンツリーのトップを作りにいくというアプローチです。分析というと、どうしても今あるデータから決定要因ばかりに目がいきがちになりますが、今ある顧客接点という資産の中で、その要因になりえるものを見つけて、変えていったというのがすごいですよね。
網野:
弊社のクライアントのクレジットカード会社での話なのですが、そのクレジットカード会社では、顧客の最初の2カ月のカードの使い方でほぼその後の使い方、LTV(ライフタイムバリュー)が決まってしまうことが分析で分かりました。
そこで考えてみると、入会を申し込んだ後に最初に顧客と接点を持つのは、カードを郵送で受け取る時なのですよね。
今まではその発送は営業系やマーケティング系の部署ではなく、審査を管理する部署が、約定や規定集などと一緒にカードを送付している。
つまり、審査をしてカードを発行する部署がカードを顧客に送付するまでも仕事のプロセスの一環になっているのです。
菅原:
せっかくの接点が重いんですね。(笑)
網野:
その通り。(笑)
今までも使い方マニュアルはあるけど、そこまで配慮されたものではないのです。
一方で、マーケティングサイドからすると、その瞬間こそ入会を決めて、契りを交わした顧客との一番最初であり、そして場合によっては最も濃い接点でもあるわけです。
もしかすると、毎月の明細は見てもらえるかわからないし、実際に見ない人だって多い。
そう考えると、ちゃんと見てもらえる最後の接点であるかもしれないので、どう使うか、何を伝えてもらえば顧客に取って幸せなのかを考えたいと思いまして。
これはただ単に使い方のチラシを入れればいいという問題ではなく、MOTで見たら重要な接点になると考えてました。クライアントさんにCMOマターといえる程の重要テーマですとお伝えして、結局はCMO自らが動く事になりました。社長にも理解してもらいまして。
菅原:
そうなのですよね、そこをどう変えるかが重要ですよね。私なら、大好きなスタバで受け取って、その場で使いたいな。(笑)
受け取るのは自宅ではなく、大好きな場所で。しかもカードをその場で使えない家ではなくて、すぐに使う可能性のある場所で手渡ししてもらって、早速その場で使ってみたい。
こういう仮説が出てくるからおもしろいですよね。
私たちもデータを取りながら進めているので、ユーザーセグメント毎の施策の結果がすぐわかります。どんなセグメントを見つけていけばいいかという議論に毎回なるのですよね。
例えば、スマホの契約をしてもらうならこういう人、Wi−Fiの契約を取りたいならWi−Fiを今使ってない人だよね、じゃあそれってどんな人なんだろうって。例えばテザリングで7GB超えて速度に不満がある人だよね、と議論が深まっていくことが楽しい。そして一週間後にはターゲットがどれ位いるのか、試しにやってみて良かった、悪かったがすぐにわかるわけです。
特に最初に結果が悪かった時が、実はその後がすごくいいんですよね。
ターゲットがあっていても結果が悪いのは、結局クリエイティブが悪いわけで、そこが改善されれば効果が跳ねあがることが多いです。
ワーストの結果が翌週にはいきなりトップにいったりするわけです。だって最初にそれだけクリエイティブが間違っているわけですから。競合製品からのリプレースからなら、クリエイティブだけでなく検討期間等の問題もありますが、そうでない人にとってはコミュニケーションやチャネルさえちゃんと設計できれば効果が上がることはあるので実行していて楽しいです。
網野:
反応が悪かった原因が、狙った客が悪かったのか、クリエイティブが悪かったのかという切り分けはどうやるのですか?
菅原:
私たちは複数のDSPを併用していて、データの良し悪し、仮説の良し悪しは、各DSPから返ってくる結果からある程度は分かります。
例えば、3つのDSPでやったとして、3つともうまくいけば、ターゲットは正しかったし、3つとも悪ければターゲットが間違っていて、1つや2つだけ悪かったらそのDSPのチューニングの問題だと考えています。
あとはデータの取り方と精度を検証しています。
これによってターゲットが正しそうという当たりを付けるので、その上で上手くいかなければクリエイティブが悪かったと考えています。
網野:
ターゲットは恐らく正しいのである、という前提のもとで、反応されないのは届け方やクリエイティブの問題であるという考え方ですよね。
菅原:
そうですね。同時には見ないで、ターゲットが正しいことを最初に担保します。
網野:
私たちも提唱し続けていますが、「仮説力」ですね。仮説力は大事です。
菅原:
その通りですよね。ウェブニュース等を見ていると、「仮説はいらない」と言っている人もいて違和感を覚えることがあります。
私は断固否定しているんですよ。
網野:
相関主義者ってやつですね。まあ、お互いが宗教のようなものですから。仮説原理主義と相関原理主義。(笑)
菅原:
自動で答えがわかることはなくて、仮説を立てて、検証を繰り返さない限り、次なる打ち手って見つからないと思うんです。
運用型広告もよく勘違いされます。
何か設定すると、後は機械が自動的にやってくれて効率が上がっていく仕組みだと。半分正解だけど、半分は大きく間違っています。
ある仮説に基づいた、あるクリエイティブを与えると、最適なメディアに、最適なボリュームを投下してくれるようにしていくには、そこまで運用が必要です。
私たちの役割はそういったキャンペーンや取組を複数立ち上げて、どれが正しいのか、どれに予算を投下すべきなのかを見抜く事です。
株でも一緒ですよね。ポートフォリオマネージメントの世界です。
一つのセグメントに対してもキャンペーンをあえて、複数実施し、どれが一番良いのか、どれに注力して行くべきなのかを見極めて行く。
本来のマーケッターがやるべきなのはそういった仮説というか銘柄を複数持って、最も効果の高いポートフォリオをくみ上げて行き、効果を最大化することが仕事だと思います。株でいう銘柄は我々にとっては仮説なのですが。
効果を最大化させるような売り買いを率先してやっていかないといけないと思います。
実際に銘柄を買うのは自動でいいけど、ポートフォリオを組む時の仮説をどう構築するかが広告人の腕の見せ所ですね。(笑)
銘柄を増やすのが、クリエイティブであり、またデータサイエンティストの協力も必要になる場面ですよね。
網野:
DSPの方々にクリエイティブの設計も任せているんですか?
菅原:
クリエイティブやデータの設計は自分たちで行いますが、個別のDSPに運用を任せることもあります。
どっちのほうがより良い結果が出やすいかはというと、運用はDSPに任せて、私たちが仮説をとにかく沢山出すことに徹した方が結果はいいですね。
カジノのルーレットみたいなものでもあるのです。予算を、どこの番号に、どういう配分で賭けるかで最大解を得られるかという運用に変わっているのです。
網野:
仮説主義者と相関主義者の話をしますと、とはいえ世の中には相関主義で仕事が片付く領域があることも事実です。
「因果は分からないけど、相関値が高い結果を信じてまずはやってみれば良いじゃない。」というケースです。
例えば、Amazonとか楽天みたいに、大量の顧客と大量の商品があると、いちいち因果を追っていられないし、全然興味のない商品をリコメンドしたとしてもそこまで顧客の印象を毀損することもない。
そういうケースは、相関で自動的にあてに行ってしまうということで良いと思います。それによってユーザーは多少迷惑を被るけど、許してもらえる企業体でもあります。
しかし、顧客を大事に育てていかないといけない企業の場合には相関値ではなく、仮説検証が必要とされると思います。
つまり、業種業態によって対応の仕方は違うと思うのですよ。
菅原:
Amazonや楽天はマーケットそのものだから成り立ちますよね。
つまり、メーカーではなく、マーケットであれば前提として、常に何をお薦めしても「買い手」がいるから相関でもなんとかなる。
しかしメーカーはそのマーケットに入っていくために我々の支援が必要なので、相関ではなく仮説検証が必要だと思っています。
それに、結局相関ってCPU、メモリ、HDの容量といったどれだけ大量のデータを扱えるかで精度が決まってしまいますものね。
メーカーは自分の意思でモノを売りにいくわけですよね。それこそプロダクトを変えてでも売りたいとなるわけです。
そうなってくるとマーケットにどのように入っていくか、適合していくのかというマーケティングも重要な検討テーマです。結局は、4P全てを賄わないといけないってことだと思います。
Amazonみたいに自社が「マーケット」であれば、既存プロダクトで価格を下げることで人は必ず買いにくる。そして、マーケットはどれが売れても儲かるから。
しかし、私たちは特定プロダクトAを売りたい、Bを売りたいという思いがあるから、相関主義ではなく、仮説主義なのでしょうね。マーケットとメーカーでは利害が違うってことですね。
また、そのAmazonのようなマーケットの行動を踏まえたSEOなどのオプティマイゼーションはそれとは別に必要ですよね。
(次号に続きます)
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連載記事一覧
- 第一回 「枠」から「人」へ 前編
- 第二回 「枠」から「人」へ 後編
- 第三回 TTLとMOT 前編
- 第四回 TTLとMOT 後編 ⇒今回
- 第五回 RTBとDMPの世界
- 第六回 アトリビューション
- 第七回 CMスキッパーが望む広告
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