「枠」から「人」へ (前編)
トップランナーと「アドテクノロジー」を語る
デジタルマーケティング領域で日本を代表する第一人者の菅原健一氏。
2月中旬に菅原氏の共著作である『ザ・アドテクノロジー データマーケティングの基礎からアトリビューションの概念まで』(翔泳社)が発刊されたのを機に、弊社の網野知博が対談を行って参りました。
(インタビュー日時:2月24日 ※発言内容は当時の状況になります)
網野:
この対談企画の一回目はアクセンチュアのデータサイエンティスト工藤さんが著書『データサイエンス超入門 ビジネスで役立つ「統計学」の本当の活かし方』(日経BP社)を出したタイミングで対談させて頂きまして。
本当は菅原さんには昨年の冬に対談をご依頼していたのですが、お忙しいので“そうとう”待たされまして。(笑)
結果的に、菅原さんが本を出したタイミングと重なりましたので、本を出したタイミングとしての対談になりました。(笑)
今日は高尚なる雑談をさせて頂ければと思います。
菅原:
お待たせしてしまい、すみません。
まさにこの本が出るタイミングを待っていたかのようですね。(笑)
網野:
さっそく質問に入らせて頂きます。
今回の本のタイトルは「The Adtechnology」ですよね。
弊社のOwned Mediaの読者層を考えると、「アドテクノロジー」という名前は知っていても、具体的には何を意味するのかということを知らない方も多いと思います。
まずは「アドテクノロジー、通称アドテクとはなんぞや」というとことからお話頂けますか?
菅原:
わかりました。
一番ベタなところから言うと「アドのテクノロジー」。直訳すると「広告の技術」ですよね。
DMP(Data Management Platform)みたいにデータを貯めて広告に活かそうという背景があり、そのための広告技術とも言えると思います。
難しく言うと、
「広告の流通が革命的に早くなったこと。」
それがこのアドテクの分野が伸びてきた背景でもあり、鍵でもあります。
Webに載せられている広告でも、既存の予約型の広告、例えば看板のように所定の場所にサイズや予算と期間を決めて張り付けていたものから、サイズが統一され、色々な場所(メディア)への流通が可能になることでアドネットワークに進化し、RTB(Real-Time Bidding:リアルタイ入札)取引になり、更にそれを高速に回せる「速さ」が伴ったもの等を総称したのがアドテクノロジーとも言えます。
網野:
ここでも色々と話に絡みたいのですが、(笑)
編集の都合上ここからは本の流れに沿って、章毎に話を進めていきたいと思います。
まずは1章です。1章は「広告革命」と言うタイトルになっております。
この章で最も印象に残ったのが「枠から人へ」です。この章と言うより、この本を読んで一番印象深いのが「枠から人へ」でした。
私は広告業界の人間ではないので、広告側の方々がどこまでこの流れを当たり前のものとして捉えているかわからないのですが、我々のような事業の実務側にいる人間は、本質的にはまだこの流れの意味と機会/脅威を理解していないのではないかと思っています。
「マスからターゲティングへ」「予約型から運用型へ」という流れは理解していても、「これで何が変わるんだっけ?」という人も多いと思います。
例えは、伝統的なカタログ通販業界のように、古くから顧客データに対峙し、データ分析してDMやメールを送っていた方々は「人(個)へ」という考えは前提にあるのですが、これがデジタル系の広告となると「なにそれ?」という感じでまだピンと来ていないのではないかと。
顧客(個客)へのリーチ手段が、メール、DM(郵送)、アウトバウンドの電話、などとマルチチャネルを並列にうまく活用してきた企業でさえ、そこにデジタルメディアの「広告枠」が「ヒト」になり、横並びに加わるという事象を理解しきれていないように感じます。まだまだWeb上の「枠」を雑誌、CM、チラシと同じ位置付でセグメントマスにバクッとリーチできる手段としてしか見ていないのではないかと。
DSPやDMPなどを活用することによって、顧客を中心としたコミュニケーションの取り方に、デジタルメディアが横並びで加わることに、心からピンと来ていないように見えます。
だけど、私は現状をネガティブに捉えていなくて、通販会社など、DM、メール、電話のマルチチャネルでのコンタクトが進んでいる企業が、ここにデジタルメディアでのリーチも加え、もうひとつディメンジョンが増えてコミュニケーションの幅が進んで来ると思っています。
すると、むしろデジタル広告でオーディエンスターゲティングなどを使いこなして来たけど、顧客接点が部署単位で縦割りだった企業よりも、実はよほど早くマルチチャネルでのコミュニケーションを体得しちゃうのではないかと期待していたりします。
デジタルの広告枠が、顧客とダイレクトにコミュニケーションできる役割になってしまうという事実をオールドタイプの企業(組織)が知り、取り入れた時の強さは、実は相当ポテンシャルがあるなぁ、と。
アドテクやデジタル系の広告に携わる人たちにとっては「枠から人に変わった」ことは既知の事実であり、既にそれは所与のものなのか、それとも純広や枠型広告にとらわれている人がまだ多いのか、菅原さんの感覚だとどういう印象ですか?
菅原:
いい質問ですね。(笑)
実はみんなわかってはいるものの、「本質的に理解している人は少ない」という状況だと思います。
つまり「マス広告」から「ターゲティング広告」に変わり、「予約型広告」から「運用型広告」に変わった。これらのことは事実として認識しているし、理解している。
しかし、それで何ができるようになったかを語れる人は少ない。
つまり通販がやっているようなある程度、パーソナライズされたメッセージになっているかというとそこまではできていない。
要はコミュニケーションが設計されたものにはまだなっていない、という印象ですね。
網野:
そのあたりが、まだまだ施策がポテンエラーになってしまう原因なんでしょうね。
「人」に広告を当てていこうというマインドはあるものの、「枠から人へ変わった」という前提に対処されていないのでしょうか?
顧客Aさんに対してメッセージをあてられるという「枠から人へ」を理解しているが、「人」に対して何をあてるかということに行動が追いついていないというか。
菅原:
結局「誰に」、「何を」を考えていたのがダイレクトマーケティングの原点だったのに、「何を」を変えずに、「誰に」の部分で「サイトに来たことがない人よりは、サイトに来たことがある人の方がまだいいよね」といった考えで、メッセージを変えずに人を絞っていくという手法を取るだけだと非常にもったいないなぁと思いますね。
効率が良さそうな人だけを見つけているだけであって、自社のユーザーにスイッチできそうな人を見つけているわけではない。
特に海外のメールマーケティングの企業では、自社の顧客以外のメールアドレスを買う、リードを買うなどして他社から自社へ購買をスイッチさせようとしています。日本では「効率が良さそうな人を探す」傾向にありますよね。この考え方が変わっていくにはもう少し時間がかかるような気がします。
網野:
リアルな世界で広告を打ってきた人には「枠からの脱却」がイメージしづらいのではないかという印象を受けます。例えば日経新聞だと約400万人の読者がいるメディアという考え方があり、そこにどんなクリエイティブを出すかと言う考えになる。それがWebの世界になっても、まずはYahooのように数千万人規模の読者を持つメディア、という位置づけで広告が出されていた。そういったメディアが主人公の「枠」という考えから、これからは「菅原さんという”所得が高く、情報感度が高い”という特性を持った特定の個人が年間40万ページ分の広告受領枠を持っている」というように「人」という考え方に変わってきた感じだと思っています。
菅原さんが1日1000ページWebを見るなら、菅原さんの年間の広告受領枠は40万ページ分が限界ですよね、と言う考えです。
菅原:
そこまでいくとちゃんと「人」へのマーケティングになっていますよね。
チャネルをメディア起点にしていたのが従来の枠型、今網野さんが言ったように、「どんな人がいて、その人がどれだけのページを読む余力を持っているか」になります。ちなみに私はそれを「可処分時間」とよんでいます。
お客様が持っている「可処分時間」をメディアとしてどれ位預かっているか、広告としてどれだけ配信できるのか考えています。
従来のメディア軸ではなく、人を軸にして、何を考えるかが重要です。可処分時間は有限なので、メディアや広告はこの可処分時間を確保するために必ずどこかと競っているわけです。
そこを意識しながら自社やクライアントのマーケティング戦略を考えるように変わってきていると思います。
(次号に続きます)
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連載記事一覧
- 第一回 「枠」から「人」へ 前編 ⇒今回
- 第二回 「枠」から「人」へ 後編
- 第三回 TTLとMOT 前編
- 第四回 TTLとMOT 後編
- 第五回 RTBとDMPの世界
- 第六回 アトリビューション
- 第七回 CMスキッパーが望む広告
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