第三十五戦:vs 朱美(第27巻):”死”は周りに伝播する|バガボンドを勝手に読み解く

AUTHOR :  田中 耕比古

人を殺めた武蔵は、その周囲をも殺すのだ

バガボンド(27)(モーニングKC)

この連載では、バガボンドの主人公 宮本武蔵の”戦闘”シーンを抜き出し、武蔵の成長について読み解いていきます。今回は、第三十五戦として、傷ついた武蔵と、5年前(京都に来るまでの4年間の武者修行+吉岡道場に殴りこんでから1年間の武者修行)に辻風典馬と戦った際に出会った少女、朱美との戦い(というか、一方的な攻撃を受ける、というか・・・)を取り上げます。

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不意を突いた一撃

前回(side:A)取り上げた通り、70余名(田中のカウントでは83人)を切り倒し、その代償として右足のふくらはぎに大きな傷を負った武蔵。足を引きずりながら、吉岡一門の死体が転がる一乗寺下がり松を後にします。

森に入り、小川のほとりで、右ひざを強く縛り、ふくらはぎの大怪我の止血を試みているところに、朱美が話しかけます。

戻ってきたのね 武蔵(たけぞう)

必死で、逃げるように一乗寺を立ち去った武蔵は、朱美に気づいてはいませんでしたが、朱美は「一乗寺からずっとついてきた わからなかった?」と話します。

一乗寺から来たということは、つまり、吉岡一門の死体の山を見たということです。「あれを見たのか?」という武蔵の問いには答えず、朱美は言います。

あのときーーー
あたしも一緒に連れてってくれたら よかったのに

5年前、武蔵は、朱美をつれて行くことを拒みました。自身が未熟な修行のみであり、これから自分自身のことで精いっぱいになる、ということから、朱美をつれて行くなどということは頭の片隅にも浮かばなかったでしょう。それは、その数ヶ月後に、おつうをつれて行くことを拒んだのにも似ています。自覚があるかどうかはさておき、女性として好意を抱いている おつう でさえも断ったわけですから、幼い少女の朱美のことをつれて行くわけがないとも言えます。

しかし、朱美はその時のことを思い出し、連れてってくれたらよかったのに、と述べました。

その言葉に、驚いた表情を浮かべる武蔵。その刹那

ストッ

と、武蔵の腹に、朱美の小太刀が突き刺さります。

ひとつだけ…… 言わせて
あたし 吉岡清十郎の女よ

そういうと、朱美は、激流の中に身を投げます。

武蔵は止めることもかなわず、ただ、それを眺めることしかできません。

その夜、雪の降るなか、森の中に一人佇む武蔵は、おつうのことを想い出し、そして、小次郎のことを想うのでした。

 武蔵が殺したのは吉岡一門の門下生だけではない

5年前、朱美は、武蔵のことを好きだったのでしょう。そして、男をとっかえひっかえしながら、なんとか生き抜いている母の姿を見ながら、自分は、そうはなりたくないと思っていたのでしょう。

だからこそ、母の元を離れ、武蔵と共にどこかに行きたい、と考えたのだと思います。

しかし、結果的に、朱美は女郎稼業で生計を立てる母の下で、吉岡清十郎の愛人として抱かれる存在になりました。僕の類推に過ぎませんが、朱美は、吉岡清十郎だけを客として取る専属女郎という立場だったのだと思います。尚、朱美の母は、朱美はいずれ清十郎の正妻(悪くても妾)になれるだろうと期待していましたが、朱美は冷静に、そんなことは起こりえないと判断していました。

とはいえ、吉岡清十郎は金払いも良く、吉岡一門がある限り、朱美と母の生活は、安泰だったと考えられます。

しかし、武蔵に、吉岡清十郎が武蔵に殺されたことで、おそらく、朱美は、他の客にも体を売らねばならない立場になったと考えられます。また、吉岡一門の贔屓の女郎だった朱美の母も、おそらく、その立場が危うくなってしまったことでしょう。

結果的に、朱美は、自分を連れて行ってくれなかった5年前の武蔵と、吉岡清十郎およびその一門を皆殺しにした現在の武蔵によって、過酷な人生を進むことを2度にわたって余儀なくされた、と言えます。

そして、朱美は、武蔵に刃を向けた上で、自分自身を殺す(自殺する)ことを選びました。

武蔵は、吉岡一門(特に清十郎)を殺したことで、朱美を自殺に追い込んでしまったわけです。

ちなみに、武蔵による吉岡一門皆殺しの影響は、夢かうつつか分からぬ状態ではありますが、30巻で、おつうの枕元に立つ植田良平の幽霊によって明かされます。吉岡十剣の一人、堀川善兵衛の老いた母は、息子亡き後、毒を飲んで自殺します。また、若くして夫を亡くした妻が、乳飲み子の首に手をかけて絞殺する、とも言われます。

武蔵の行為は、吉岡一門だけでなく、その周囲にいる様々な人の命も奪ってしまっているわけですね。しかも、これは、吉岡一門との戦いに限らず、これまでに読み解いて三十四もの戦いの中で、武蔵が打ち殺し、斬り殺してきた多くの人達すべてに関して言えることです。

武蔵は、自身の生殺与奪の力の強さを自覚し、また、その影響範囲の大きさを思い知ったのでしょう。

そして、自らが振り切り、捨て去ろうとしても捨て去れない おつう への純粋な思い、すなわち、少年 武蔵(たけぞう)の投影を噛みしめ、また、自身の剣の「理(ことわり)」を体現した純粋なる存在である小次郎のことを思い出したのだと考えられます。

殺し合いの螺旋を、純白の気持ちを抱いたまま歩むことはできません。殺し合いの螺旋から降りた先にある おつう との暮らし、もしくは、殺し合いの螺旋にいながらも純白を保つことができる唯一の存在である小次郎。この2つを思い浮かべるのは、大きな戦いを終え、生き残った(もしくは生き残ってしまった)この瞬間においては、至極当然のことかもしません。

この先、どのように生きるべきかを悩む武蔵は、瀕死の重傷を負っているとは思えないほどに冷静な顔で、白い雪が舞う空に向かってつぶやくのでした。

これから どこへ 行こうか
小次郎……

バガボンド(27)(モーニングKC)

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