問題は金額ではなく、マインドセットにある。
日本経済新聞の2017/6/2の「世界の株、時価総額最高 IT勢にマネー流入」という記事に、10年前と現在の時価総額世界トップ10の表が出ています。それを見ると、10年前のトップ10で今もリスト上に残っているのはマイクロソフトとエクソンの2社しかありません。しかもマイクロソフトは3位の順位を維持しているものの、10年前に1位だったエクソンモービルは8位に大きく順位を下げています。
そしてトップ5はアップル、アルファベット(旧グーグル)、マイクロソフト、アマゾン、フェイスブックと全てIT企業、それもマイクロソフトを除けばインターネットの世界で大きく成長した会社ばかりです。
これほどの激変ぶりを見せつけられると、10年後にこのうち何社がトップ5あるいはトップ10に残っていられるのかは疑問です。10年後のリストは今存在さえしない企業がリストの上位を占めているかもしれません。実際フェイスブックは創業が2004年、10年前の2007年には上場さえしていませんでした(ただし、これは創業者のザッカ―バーグが株式市場に踊らされるのを警戒したことと、すでに十分な資金提供者がいたことも理由です)。
では、どこの企業がリストから転落してしまうでしょうか。意外にも現在トップ10のリストの頂点に君臨するアップルをその候補に挙げる人が少なくありません。それもアップルが新しい本社を建てているからだというのです。そのアップルですは、カリフォルニアのクパチーノにその名もアップルパークと名付けられた70万㎡にもおよぶ広大な敷地に本社ビル群を建設中で2017年末には完成する見込みです。
中でも目を引くのは、スペースシップつまり宇宙船と呼ばれるコロシアムにも空飛ぶ円盤にも見える、巨大な建造物です。26万㎡の建坪に1万3千人の社員が働くことになるこのビルの建造費は50億ドル以上になると言われています。
もちろん、今のアップルにとって50億ドルなどは文字通り大した金ではありません。建造費が負担になって経営が傾くなどありえないことです。しかし、世の中で一般的に「本社を新築すると会社が傾く」と言われているのは事実です。それはただの都市伝説なのでしょうか。
成功の象徴か。豪華な墓標か。
必ずしもそうとは思えません。本社ビルは工場や店舗ではありません。本社ビルの大きさや、豪華さはそれ自体は価値を生みません。次に、そのような巨額の投資はかなり長い間の使用を考えているはずです。アップルがもしこれから10年の間に10倍の成長を計画しているのなら巨大な本社ビルを建設したでしょうか。本社ビルは「ついにここまで来た。その成果を形で示そう」という気持ちが背景にあることは間違いありません。
経営学者のアルフレッド・チャンドラーは「組織は戦略に従う」と言いました。同様の言い方をすれば「本社ビルは組織に従」います。顧客を沢山迎えるために巨大なロビーを作る、宮殿のようなトップ用のフロアを作る。沢山の上級管理職に窓のある個室を与えるために細かい仕切りだらけのレイアウトにする。本社のデザインは企業の組織、文化、ビジネスモデルを色濃く反映します。
巨大な本社ビルを作っているアップルは企業として意識的あるいは無意識に「過去のような成長はもうない。これからはもっと変化の少ない10年、20年になる」と予想しているのでしょう。変化を求めなくなった時、企業は往々にして停滞、そして衰退への向かって行きます。
急成長するベンチャー企業はオフィススペースが足りなくなって、わずかな間に何度も引越しを繰り返します。そして引越しが個人にとって古いものの整理に役立つように、本社オフィスの引越しは組織改編のきっかけになることは珍しくありません。
もちろん「本社を建てると企業は衰退する」というのはいつも正しいわけではありません。アップルも10年後には10万人が働く本社ビルを作ろうとしているかもしれません。しかし、新しい本社ビルが成功の象徴から墓標へとなることも珍しいことではないのです。
馬場 正博 (ばば まさひろ)
経営コンサルティング会社 代表取締役、医療法人ジェネラルマネージャー。某大手外資メーカーでシステム信頼性設計や、製品技術戦略の策定、未来予測などを行った後、IT開発会社でITおよびビジネスコンサルティングを行い、独立。