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今や年間約100キャンペーンが走る「WESTER」、多彩なアイデアから生まれる企画で、企業・自治体とユーザーの「好循環」へ

AUTHOR :   ギックス

現在、アプリダウンロード数は300万を超え、会員数は900万人を突破している「WESTER」。JR西日本が提供していますが、交通サービスの枠を超えさまざまな企業、自治体が参画し、「WESTER」上で多様なキャンペーンを展開。そのキャンペーンがさらに新規ユーザーを呼び、満足度を向上させ…といった好循環が生まれています。

しかし、2020年リリース当初の「WESTER」は、経路検索や駅混雑情報などJR西日本の鉄道をご利用のビジネスパーソン向けの情報提供からスタートしたといいます。

今では年間約100件に迫るなど多くのキャンペーンが走るようになった「WESTER」は、どのような転換点を経てどのように成長してきたのか。西日本旅客鉄道株式会社 デジタルソリューション本部 WESTER-X事業部  X-リレーション兼企画・プロモーション課長 片岡 祐太氏に、ギックス Data-Informed事業本部 Mygru Division 宮坂 輝由が聞きました。

行動変容を生み出したマイグルの「トキメキ」

宮坂 少し昔話になりますが、片岡さんが「WESTER」に携わる以前はどのような業務を担当されていたんですか?

片岡 当社の採用は事務創造・運輸・車両・電気・施設・ITといった部門に分かれるのですが、車両の設計やメンテナンスに関わる「車両」部門で2010年に入社しました。現場や本社での勤務を経て、2018年からアジアビジネスリーダー人材育成プロジェクトという1年間の海外研修プログラムに参加し、日本とフィリピンのビジネススクールに半年、現地の会社でのインターンを半年して、帰国してすぐ、2019年6月に配属されたのが「技術企画部」です。

宮坂 車両部門だったとは知りませんでした。技術企画部とはどのような組織なんでしょうか?

片岡 「技術企画部の中で私が配属された部署はJR西日本の色々な技術を外販して、収益化を図る、あるいは外部とコラボレーションしてイノベーションを起こそう」という目的のもと、当時立ち上がったばかりの部署でした。ただ、すぐ異動になりまして、その年の10月にMaaS推進部という、また新たな部署に移ったんです。そこの部長が奥田で、担当課長が内田と、今で言う「WESTER構想のキーマン」となる人達が揃っていました。

最初は瀬戸内エリアで実証実験的に「setowa」という観光型MaaSアプリの企画・運営をしていたんです。あとは関西の都市圏での都市型MaaS、島根県の地方型MaaSなど、サービスが点在していたんですが、「西日本エリア全体でのMaaSを作りたい」という構想は常に議論となっていて。やはり点在するサービスを統合するような、お客様のタッチポイント・入り口となるアプリケーションを作らないといけないのでは?と。そこで、「WESTER」を作ろうという決断をしたのが2019年。MaaS推進部のミッションが立ち上がった年でした。

西日本旅客鉄道株式会社
デジタルソリューション本部 WESTER-X事業部  X-リレーション兼企画・プロモーション課長
片岡 祐太氏

2010年に西日本旅客鉄道株式会社に入社、岡山支社に配属後、車両メンテナンス業務、運転士や支社間接業務を経て、本社車両部にて戦略企画や車両メンテナンス企画を担当。2018年にはアジアビジネスリーダー人材育成プロジェクトに参加。2019年に帰国後、鉄道本部技術企画部(技術収益化PT)、総合企画本部MaaS推進部、デジタルソリューション本部を歴任し、2024年6月より現職。

宮坂 そうした大きな流れの中で、片岡さんは担当としてどのような携わり方をされていたのでしょうか。

片岡 最初は「JR西日本でMaaSをやる」とは果たして何なのか?という問いがもやもやとあり、プロジェクトリーダーとして「こんなアプリがあったらどうですか?」といったフィールド調査などを2020年初頭に広島で実施しました。そこからコンセプトを決めて、2020年のプレスリリースからは対外的な発信やMaaS戦略などを中心に携わっていた感じですね。

宮坂 リリースから利用者を増やしたり、さらに外部とコラボレーションしたり、という過程には苦労も多かったと思うのですが、社内外からの反応はいかがでしたか?

片岡 とにかく最初のハードルは「なんで『JR西日本アプリ』という名前じゃないねん」という“ツッコミ”に対して説明するところからのスタートでした(笑)。もともとは「WEST」を「MASTER」しようということで「WESTER」であって、MaaSという予約~決済~利用までをシームレスに繋げるサービスを作るにあたって、JR西日本1社ですべてをクローズできるわけではないと構想していたんです。

その構想の中では「JR西日本アプリ」というネーミングだと、外部から参画しようと入って来づらいだろうと。なのでJR西日本の色はなるべく消すべきだろうと考え「WESTER」という名前でリリースされました。ただ、最初は本当に「鉄道会社が運営している、ちょっと信頼できる列車情報アプリ」としか思われていなかった。現に当時は大きな列車の乱れがあったときにだけ使われるような、そんなアクセス状況でした。

宮坂 そうなると、どのように当初の構想へ近づけていくか…という点がポイントですよね。

片岡 コロナ禍で2020年度は赤字になったこともあり、「移動需要や利用需要はこちらから生み出さないと出てこない」と社内の発想が転換していきました。「マイグル」を導入したのはちょうどこの時期ですね。

導入に踏み切れたのは、グループ会社であるJR西日本SC開発が先行して実績が出ていたことが大きいです。「ekie(エキエ)」では「マイグル」のキャンペーン中に売上がかなり上がって、終了後もしばらく効果が持続したり、「天王寺ミオ」でも予想外に「初めてJRでICOCAを使って来ました」という回答があったり。つまり、促し方によっては行動変容が生み出せるんだな、一度ファンになっていただくと、キャンペーンの効果は持続するんだな、ということをデータから認識できたんです。

  • WESPO、WESTERポイント…JR西日本の「ポイント」をめぐる8年物語 対談:JR西日本SC開発 石神孝浩氏 ギックスCOO 花谷慎太郎(2024/9/20)https://www.gixo.jp/blog/25395/

転換点となった「自治体」×「スイーツ」

宮坂 そんなふうに少しずつ突破口が見えていく中で、片岡さんはどのようにWESTERの中長期的な戦略を描いていったんですか?

株式会社ギックス
Data-Informed事業本部 Mygru Division
宮坂 輝由

2016年に東京理科大学大学院 国際火災科学研究科 火災科学専攻(現: 創域理工学研究科 国際火災科学専攻)修士課程修了後、国内の鉄鋼メーカーに研究職として新卒入社。その後、日系総合コンサルティングファームを経て、2022年3月にマイグルのキャンペーン企画・ディレクションとしてギックスに入社。

片岡 当初は「マイグル」でのファーストペンギン的な企画実施も行っていましたが、そこから担当の思いと、上位の思いをミキシングして、次にどのようにドライブさせるかというロードマップを描いて経営に説明する部分を中心的に行っていました。経営資料にも「マイグル」は「新規の需要を掘り起こす」「ファンを増やせる」と書いた覚えがありますよ。

宮坂 ありがとうございます(笑)。片岡さんが発案した企画がいくつかあったと思うんですが、その中でも私も印象に残っているキャンペーンがあるんです。まずは何と言っても片岡さんと初めてご一緒することになった「神戸ひがしなだスイーツめぐり」です。

片岡 懐かしいですね。このキャンペーンの良かったところは、マイグルを使って初めて外部からマネタイズできた点です。自治体の入札を獲得したのも初めてでしたしね。今までは当社が主語でやりたいことについて、「マイグル」でお客様に動いていただくという使い方だったんですが、初めて別の事業者さんから「『マイグル』って良いよね、お金を払ってでもやりたい」と思っていただけて。

宮坂 企画の検討から企画書作成まで片岡さんが大活躍なさっていたのを覚えています。当社側では、新機能の開発に追われたのも懐かしいです。

片岡 ギックスさんには無理を言ってしまいましたね(笑)。それまで「マイグル」では通常、AIがオススメのお店を3つ提案し、その提案をもとにスタンプラリーシートを作る仕様になっていました。これがマイグルの魅力でもあったのですが、活用するのは自治体さんなので「特定の事業者をえこひいきはできない」と。

なので「マイグル」のいちばん良いところであるAIの提案機能を削いで(笑)。累積型でスタンプを貯められる仕様にしてもらいました。ただ逆にいえば、そうしたニーズにも応えられるという「マイグル」の汎用性の凄さを感じたというか。ギックスさんは大変だったと思うんですが……。

宮坂 「マイグル」の新たなパターンを作っていただけて、結果的には良かったです。キャンペーンが「スイーツ」だったというのも、大きなポイントでしたよね。

片岡 先ほど申した通り「WESTER」=「列車情報アプリ」だと思われていた状態だったので、メインユーザーは40代~50代のビジネスパーソンだったんです。それがスイーツ屋さんを巡るキャンペーンが実施できたことで、20代、30代、40代の女性ユーザーが一気に増えました。今までリーチできなかった層にリーチできたというのは、非常に大きかったと思いますね。

東灘区さんとしても、我々が応募する前年のWebアプリで抱えていた課題があったんです。例えば、スタンプはGPSで付与していたんですが、そうするとスイーツ店の前に行けば商品を買わなくてもスタンプが獲得できてしまうことも。「マイグル」であれば、レジ前でお買い物をし、スマホをNFCタグにかざして初めてスタンプが貰えるシステム。さらに当選者の抽選も機能に入れていただいて、きちんと商品を購入して参加いただいた方に限定してリワードを返せた。その他トラブルなく好評いただいたので、その設計はかなり喜ばれましたね。

宮坂 「マイグル」としても新しいチャレンジがたくさんあって、先ほどのAIの提案がない代わりユーザー自身が行きたいお店を実際に足を運ぶかたちで選ぶ形式になり、スタンプが「累積型」になったのも東灘区さんのご要望があって生まれました。こういったニーズや課題を当社にぶつけていただくための議論の場として 「WESTER マイグル定例」があったのも大きいですよね。

その頃から関係者が集まって企画やアイデア出しをするようになり、具体化に向けて企画側のご要望、いわゆるビジネス側の要件ですね。それと、その要件を満たすべくシステム側の仕様を詰めていく。さらに具体化が進むと、キャンペーン開催中の運営体制や問い合わせの対応方法など具体のオペレーションも定義されていき、様々な企画が実施されて。それらの結果についてデータを見ながら振り返り、次の企画のヒントにしていく。こんなサイクルを通して、WESTERと共にマイグルも進化し続けてるんですよね。

片岡 当時のマイグルが良かったのは、自分で行きたいお店を選んでスタンプシートを作るので「自分で選んだなら行こうか」と行動の動機が高まるところ。これが行動変容からファンにつながるポイントになっていますよね。こんなふうに初期はオーダーメイドが多かったですが、どんどん型に落とし込まれていって、それとともに外販の体制も整っていって、案件数が増えていったという感じです。「WESTERマイグル定例」でのギックスさんのご協力と、当社の若手メンバーが前向きに楽しく意見出ししてくれたというのも大きいんじゃないかと思います。

「気象データ」を、発想の転換で「集客の武器」に!

宮坂 他に印象的なキャンペーンで言うと「雨の日マイグル」も特徴的ですよね。あれは片岡さんのアイデアだったんでしたっけ?

片岡 企画自体は僕ですね。当時日本気象協会さんから、気象データをマーケティングに活用することができないか、相談いただいていた経緯があり。確かに雨の日は外出が億劫になるし、来店数や売上が落ちるというデータもある。それならばICOCA連携と気象データを使って購買を生み出すこと…たとえば雨の日であることを条件に、お買い物と鉄道使ってもらったら特別良いことがある――そういうキャンペーンができないかなと

これもほぼオーダーメイドで無理を言って作ってもらいましたけど、結果「ニーズ」と「シーズ」がすごくマッチした案件だったんです。つまり、JR西日本は鉄道やショッピング等の「場」を持っています。気象協会さんは「データ」を持っているんですが、それを実証する「場」が無かったんですよね。でも、実際に参加者にアンケートを取ってみると、7割の人が「雨だったが、キャンペーンがあったから行動を変えた」と回答してくれたんです。

ひとつの気象データ…雨という条件を「マイグル」を使って料理すれば、人の行動が変わるというエビデンスを取れた。そのことに、気象協会さんもとても喜んでくれました。それに当社も「エキマルシェ大阪」は屋内施設であっても梅雨時期は売上が落ちていたんですが、そこに対してお客様を送り込むという仕掛けができたのは良かったですね。雨予報が出るたびほぼ毎日来てくださったお客様もいらっしゃったようです。

宮坂 試行錯誤して、オーダーメイド的にマイグルを作り上げていく…これはいわゆる「スクラッチ型マイグル」です。スクラッチ型マイグルの方で新しい機能がどんどん試されていって1つ1つの事例が実り、ほかの企画に展開できそうな機能についてはその後、「パッケージ型マイグル」の方にも実装されて。

パッケージ型マイグルはスクラッチ型マイグルと違って企画ごとにオーダーメイドするものではありませんが、その代わりに「MMS(Mygru Management System)」という管理画面を使って企画担当者自身でキャンペーンを作成できるマイグルです。スクラッチ型マイグルで試された新しい機能が今度はパッケージ型マイグルで手軽に使える機能として昇華されていく…ありがたいことにそんなパターンも増えてきていますし、それに伴って企画の「型」も以前に比べると色々なパターンが出てきましたよね。

片岡 先ほど話にあがった「WESTERマイグル定例」も当時は今キーマンになっている人たちが少人数で集まって企画を出し合って、人づてでクライアントに売り込んできて…とやっていましたが、今はもう多いときで参加者50人を超えているんじゃないかな。私が見ている組織も一転して、WESTER-X事業部の中にX-リレーションという、法人や自治体など外部向けのソリューション営業チームがこの6月から立ち上がりまして、「WESTER」という冠のつくサービスを束ねてお客様や外部に提供することで「便利」「オトク」「楽しい」という「WESTER体験」を膨らませていけるかという部分に注力しています。

ちょうど9月から「松屋で ICOCA を使って牛めし割引パスポートをもらおう!」というキャンペーンが始まりました。松屋さんで食事をしたらスタンプを獲得できて、スタンプの個数に応じて50円の「値引きパスポート」やWESTERポイントがもらえるというものです。これまで積み重ねてきたキャンペーンの「型」があるので、柔軟に設計できるのは「マイグル」の強みだと思っています。しかも、企画者は入社して1年にも満たない若手社員。社歴が浅い社員が早期に活躍できる仕組みができたほか、松屋さんもお弁当の売上が上がるなど「普段しない行動を誘発できる可能性があるんじゃないか」と期待いただいています。

宮坂 入社したばかりなのにフランクにたくさん質問をいただき、どんどん大手企業さんの案件を持って来てくださって、驚きました。他にも、四半期ごとの報告会では、Web会議で報告がなされる中、「データ大喜利」のようにチャット欄がすごく盛り上がっていて、そのチャットをスピーカーが拾い上げて議論が生まれて、次のキャンペーンに活かしていくサイクルが生まれています。若手社員の方々がかなり活躍されていますよね。

片岡 ギックスさんはじめ周囲のサポートが手厚いので、入社して間もない中でも飛び込んでいきやすいと聞いています。WESTERポイントで送客を生み出せるという武器に確信があるから、企画の作り方をどんどん議論して、お客様に提案できる。あとは「マイグル」を実施したあとの可視化ですね。手厚い分析レポートがすぐに出ますし、外販した際には「こんなデータがすぐに出るんですか」と驚かれることが多いです。

たとえば自治体さんの観光課だと紙のスタンプラリーをよく実施されるんですが、紙だとどこからどんな人が来て、どこを周ったかが分からない。「マイグル」であれば行動の推移や性別・年齢などの属性ごとの行動特徴など、細かいデータまで分析できる。さらに2023年に「WESTER ID」へ統合されて、グループの利用データが繋がって活用できるようになってきたので「マイグル」の使い方も掛け算のように広がってきています。

「課題解決」と「新たな価値創出」を両輪で

宮坂 片岡さんとして、今後の「WESTER」の目標や、「マイグル」に期待することなどはありますか?

片岡 まず第一に「WESTERポイント加盟店」=「WESTER体験」をできる場を広げていくこと。「WESTER」アプリはいま300万ダウンロードですが、西日本の人口から考えたらもっと使われるサービスになっていきたい。JR西日本は「マイグル」という武器を持っていて、送客のような課題解決であったり、気象協会さんとの事例のように新たな価値の創出であったり、両輪ができてくると非常に強いと思っています。

宮坂 「WESTER×マイグル」の組み合わせという観点では、頻繁に導入いただいている自治体さんの案件も力を入れていきたい部分ですよね。

片岡 そうですね。自治体さんによって課題はバラバラなんですが、「マイグル」で解決できることも多いので、地域貢献という意味では非常に有意義だなと思います。地域の回遊であったり、町おこし文脈であったり、自治体さんの課題に対してマッチするソリューションになっていると思います。

これからも進化していきますが、ICOCA決済でのポイント付与、認証方法、GPS、NFCなどいろいろな掛け算が広がっていくと、自治体さんのみならずまた多様なパターンの課題を解決できる「マイグル」ができてくる。そうすれば僕らの営業部隊もあらゆる相談に「できますよ!」と言える(笑)。

そんなふうにして、課題を解決してくれるソリューションの1つに「WESTER」があると認知されていけば良いなと思います。JR西日本としては、交通だけではない様々なソリューションで、地域の皆さんが元気になるような施策を継続していきたいですね。

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