ギックスの本棚|最強の経営者 小説・樋口廣太郎(高杉良|プレジデント社):改革は断行するものではない、信じて突き進むものだ
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- POSTED : 2016.05.16 08:30
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変えるのではなく、「愚直に目指す」のみ
本日は、アサヒビールを再生に導いたとされる名物経営者、樋口廣太郎氏のアサヒビールの社長就任から会長・名誉会長時代を描いた「最強の経営者 小説・樋口廣太郎」を取り上げます。
住友銀行副頭取からの転身
時は、アサヒビールの低迷期。大規模融資を行った住友銀行(現三井住友銀行)から社長・役員を送り込まれ、その経営を立て直すという流れになっていました。そうして送り込まれた住友銀行出身社長の4代目にして、最後の人物が、本書の主人公 樋口廣太郎氏です。住友銀行の頭取になれずに”夕日ビール”と揶揄されるような傾いた会社に送り込まれるという、出世レース的には敗北感の漂う人事でしたが、結果的に、アサヒビールを劇的な業績改善に導きます。この経緯を事細かに語るのが本書の読みどころでしょう。唐沢寿明さん主演で、ドラマ化されちゃいそうな一作です。(メイドインジャパン、的な感じですね)
さて、その樋口氏は大きな変革をもたらします。かなりの剛腕を振るい、大きく方針転換をします。いわゆる「改革断行」と世の中に評されそうな話です。しかし、僕は、樋口氏の場合は、「改革を断行した」のではなく、「自分の信念をとことん貫いた」という表現の方が正しいように思います。
樋口氏は(少なくとも、本書の中では)ブレません。こうだと信じたら、曲げません。押し通します。行動力があり、自らの判断に対する迷いもありません。右と決めたら右に突き進むわけですね。他人に対しては、好き嫌いが明確にあるようです。但し、自分に迎合する人が好きなわけではなく、生意気な人、文句を言ってたてついてくる人も、認めます。但し、ボッコボコにして軍門に下らせてから、ですが。(笑
ひょっとすると性格的に問題があったのかもしれませんが、大きな物事を成し遂げたこの人は”スーパーボス”に分類される人物だと思います。とにかく「魅力的な人物」だったことは間違いなさそうですしね。(関連記事:ギックスの本棚|スーパーボス)
「経営書」としての読みどころは第6章まで
アサヒビールが大好きな人、および、樋口廣太郎その人が大好きな人、もしくは、著者の高杉良さんの作品が好きな人は、最後まで読み通すと良いと思います。が、サラリーマン、というか、経営者、あるいはコンサルタントとして「アサヒビール再生の道筋」を理解したいのであれば、樋口廣太郎氏が社長に就任したところ(1章)から、後継者を住友銀行出身者受け入れではなくプロパー社員を抜擢するところ(6章)までで十分ではないかと思います。
その後(つまり、7章以降)は、文化芸術活動や経団連活動などのお話が主軸になりますので、会社経営やビジネスマンとしての在り方のインプットにしようという目的には合致しません。また、フジサンケイグループの鹿内氏や、元総理大臣の森喜朗氏をこきおろすような描写もあり、好き嫌いが分かれるところかもしれません。(そういうドロドロ系の話が好きな人は、先日ご紹介した、田中角栄氏の半生を石原慎太郎氏が一人称で描いた怪作「天才」を読む方が良いかもなーと思います。)
ということで、本稿では、1章から6章までの内容を紹介させていただくこととしますね。(以降、敬称略)
問屋・子会社社長・労働組合を一喝
夕日ビールと揶揄されるようなアサヒビールは、問屋からもなめられていました。そもそも、朝日専売だった問屋を、サントリーに開放してしまったという過去の経緯もあり、流通網が弱かったわけですね。それを打破するために、各地を回って問屋の社長を一人ずつ人間的魅力で味方に引き入れます。(人間的魅力、という表現は作品中では使われませんが、まぁ、その意味するところは、是非、本書を読んでいただければと思います。)
また、同様に、夕日ビールという表現を使っていたニッカウヰスキーの社長を呼び出し、一喝します。その人は、住友銀行では先輩にあたるにもかかわらず、です。
さらには、労働組合に対しても、自社の現状・窮状を理解してその行動を取っているのか、と問い質し、「あるべき労使の姿」を見直すことで改革の障壁を壊します。
と、書くと、普通の経営改革話っぽいのですが、これらは全て「社長就任の前に、顧問という肩書でアサヒビールに乗り込んでいた数か月間」の出来事です。前任者(というか、現職)の立場を慮る、とか、そういうことは一切しないで、本気で「沈みゆく夕日を、昇りゆく朝日に変える」というためだけに活動したわけです。
古いビールの廃棄
また、社長就任後は、早々に、古いビール(すなわち、流通在庫)を回収したという逸話もなかなかのインパクトがあります。
この話を読んで、僕は現在のLIXILの母体となったトステムの創業者、潮田健次郎氏の行動を想起しました。潮田氏も、サッシメーカーとして後発な状況で、大規模な流通改革に乗り出しました。彼は、納品リードタイムを劇的に短縮させる受発注の仕組みを確立した上で、そのメリットを最大限に活かすために、すべての流通在庫を買い上げたと言われています。たとえ、倉庫の片隅で埃をかぶっていようとも、錆びていても、壊れていても、とにかく全部買い上げた、と聞きました。それによって、流通網のプレイヤーの手持ちの在庫がなくなった状況を作り上げたことで、短納期モデルを一気に浸透させ、流通プレイヤーのキャッシュフロー向上と、自社のフレッシュな在庫流通を実現させたわけです。すごい。
樋口廣太郎の取り組みも、非常に近しいと言えます。とにかく、市場に流通している「古いビール」を駆逐しないことには、美味しい新商品を市場に投入しても、その衝撃が薄まってしまうのですから。
目指すゴールのために、必要な手段は全て行う、という樋口の姿勢が垣間見えます。
他にも、同様の事例としては、工場のタンクを最新式のものに変えるという意思決定を工場視察の場で即断したり、新工場は日本最大規模にするのみならず、景観などに配慮したエンターテインメント性を持たせた「アメニティー工場」として建築すると決め、自らその総指揮を執ったりすることが挙げられます。型破りにもほどがあります。
プロパー社長を後任に
会長に退く際に、後任を決めるわけですが、住友銀行の意向としては、次の社長も住銀から送り込むことが望まれています。それを十分理解しつつ、後任はプロパー社員で行くのだと押し切ります。その際、住銀系の役員や、大蔵省からの天下り役員にもしっかりと根回しをして、住銀の意向によって方向性が変わらないように細心の注意を払います。
この用意周到さは、アサヒビール就任前に、キーパーソン複数人に会いに行き、ヒアリングをして情報収集及び足場固めを行うときから変わっていません。つまり、樋口廣太郎の最大の強みは、その「一貫性」にあると僕は思うのです。
仕事十則・管理職十則
そんな型破りな経営者、樋口廣太郎が就任早々に語った「アサヒビール社員としての心得」を、住友銀行からアサヒビールに出向していた取締役である池田経営企画部長にまとめさせた「十則」があります。(有名な「電通の鬼十則みたいな話ですけどね。)
ただ、これは、彼が社員に伝えたかったというだけでなく、樋口廣太郎自身が本気で実行していたのだろうなと僕は思うのです。彼の「一貫性」の背骨だと思いますので、結構なボリュームですが、引用します。
<仕事十則>
- 基本に忠実であれ。基本とは、困難に直面した時、志を高く持ち初心を貫くことであり、常に他人に対する思いやりの心を忘れないことである。
- 口先や頭の中で商売をするな。心で商売をせよ。
- 生きた金を使え。死に金を使うな。
- 約束は守れ。守れない約束はするな。
- 出来ることと出来ないことをはっきりさせ、YES、NOを明確にせよ。
- 期限のつかない仕事は「仕事」ではない。
- 他人の悪口は言うな。他人の悪口が始まったら耳休めせよ。
- 毎日の仕事をこなしていく時、「いま何をすることが一番大事か」ということを常に考えよ。
- 最後までやり抜けるか否かは、最後の一歩をどう克服するかにかかっている。これは集中力をどれだけ発揮できるかによって決まる。
- 二人で同じ仕事をするな。お互いに相手がやってくれると思うから「抜け」が出来る。一人であれば緊張感が高まり、集中力が生まれて良い仕事が出来る。
<管理職十則>
- 組織を活性化しようと思ったら、その職場で困っていることを一つずつつぶしていけばよい。人間は、本来努力して浮かび上がろうとしているのだから、頭の上でつかえているものを取り除いてやれば自ずと浮上するものだ。
- 職位とは、仕事のための呼称であり、役割分担を明確にするためにあるのだと考えれば、管理とは何かがきちんと出てくる。
- 「先例がない」、「だからやる」のが管理職ではないか。
- 部下の管理はやさしい。むしろ上級者を管理することに意を用いるべきである。
- リーダーシップとは、部下を管理することではない。発想を豊かに持ち、部下の能力を存分に引き出すことである。
- 「YES」は部下だけで返事しても良いが、「NO」の返事を顧客に出す時は上司として知っていなければならない。
- 人間を個人として認めれば、若い社員が喜んで働ける環境が自ら出来る。
- 若い人は、われわれ自身の鏡であり、若い人がもし働かないならば、それはわれわれが悪いからだと思わなければならない。
- 若い人の話を聞くには、喜んで批判を受け入れる雅量が必要である。
- 結局職場とは、人間としての切磋琢磨の場であり、錬成のための道場である。
この内容は本書のかなり前半に出てきます。そこで読んだときには「良いこと書いてあるけど、まぁ、良くある訓戒だな」という印象でした。しかし、この小説を読み終わってから、この十則×2に再度触れると、印象が変わります。樋口廣太郎という人物のことが、少しだけわかってきたような気がします。この二十則を、アサヒビールの社長時代に本気で実行していた樋口廣太郎、すごい、の一言です。言行一致って、なかなかいないですからね。多くの人は、他人に厳しく自分に甘いんです。この人は、他人にも厳しいが、同様に自分にも厳しかったんだろうなと思います。
そこまで樋口廣太郎を深く理解すると、先ほどは不要と断じた7章・8章・最終章も、読む価値があるかもなーという気持ちが芽生えます。ま、あくまでも「経営書」として読むならば、やっぱ6章までで十分だと思いますので、お時間があれば、7章以降も是非どうぞ、というところでしょうか。
いずれにしても、稀有な能力を持った経営者の生き様を知ることができる、良書だと思いますよ。(僕には、到底、真似できそうにありませんが、二十則はしっかり魂に刻み込んで頑張っていきたいと思います。)
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