誰がケーキを分けるのか|馬場正博の「ご隠居の視点」【寄稿】

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問題解決に必要な”組織”と”意思決定プロセス”

東日本大震災直後の頃の話なのですが、作家の林真理子さんがと仙台の避難所を訪問し、7百個のロールケーキを避難所に届けたところ、そこのボランティアのスタッフに「うちの避難所は8百人だから」と突っ返された、という話がありました。

林さんはこの話を週刊文春のエッセーに書いたのですが、その避難所での対応を非難したことでネットの世界でちょっとした議論がありました。この論争には猪瀬東京都副知事(当時)も加わって、「公平ディレンマに陥り決定力がないのだ。石巻市に弁当を東京の業者が5000食届けたら、夕飯後であり弁当の賞味期限が翌朝なので受け取りを拒否された件もあった。」といった、ボランティア側の対応に苦言を呈しました。

非難されるべきはそれぞれの行動なのか

これに対し、「事前に人数くらい確認するべき」「避難所という限られた空間で食べ物が争いの種になるのを恐れる気持ちが判っていない」とか、果ては「恵んでやるという傲慢な気持ちが不愉快」と林さんを糾弾する人もいました。このあたりの語り口はいかにもネット的でむき出しの敵意を隠そうともしない意見も多数ありました。しかし、少なくとも林さんは悪意ではなく好意でケーキを差し入れようとしたことは間違いありません。それを「傲慢」と言って非難するのはどうかと思いますし、たとえ傲慢な気持ちからでも寄付する人より、人に施すのは失礼と考えて何もしない人の方が被災者の人に役立つわけではありません。

とは言っても、ボランティアへの非難を林さんのような高名な作家が週刊誌で展開するとなるとこれはこれで波紋を広げるのは止む得ない点があるのは否定できません。大震災などで大量の被災者が出た場合、好意のあるなし以前に、いかに数に対応するかが大きな問題になります。実際のところ、大規模な災害に対応するのは上下関係があり命令系統の確立した組織以外は困難です。

重要なのは”問題を見極め”、”何を”、”誰が”、”どうやって決めるのか”というプロセスを組み立てること

自衛隊や警察、消防はもちろんですが、東日本大震災では救援物資の仕分け、輸送はヤマト運輸、佐川急便のような大手の宅配業者が中心となりました。阪神大震災ではダイエーが中内会長の陣頭指揮で大活躍しましたし、神戸では治安維持も含め山口組が大きな貢献をしました。組織暴力団の山口組ですが「組織」と呼ばれるのにふさわしい命令系統が役に立ちました。

8百人も被災者が集まっていれば、8百人分のケーキがあったとしても公平に漏れなく行き渡らせるのはそれほど簡単ではありません。ケーキ(ロールケーキだったらしですが)は生ものですから、保管も困難な避難所で余りがでればゴミの始末だけでもとても一人、二人では無理でしょう。林さんはそのあたりの想像力が欠けていたのは確かです。

その上で、もう少し何とかならなかったのかという疑問は残ります。「ロールケーキなら切り方で7百人分が8百人分にできるだろう」という考えかもあるでしょう(7百人分の生ものの食品をどうやってと切るかという問題は残りますが)。ケーキを切らなくても、ケーキ引換券を8百枚作り全員に配布し(被災者が全て登録されていることが必要です)、そのうち7百名が当選するくじを行う。ケーキが必要ない人がいれば、その分を落選者に渡す。7百名あれば、食べない人もいるでしょうからほぼ全員が満足し喜ぶというハッピーエンドも予想できます。

これは予め準備していない限り、情報伝達と処理、意志決定、実行という整然とした組織運営が必要となる話です。それなしでは、どのように配分するか議論するだけで丸一日かかってしまうかもしれません。恐らくこれは急いで駆け付けたボランティアたちにはとても難しい話だったのです。

似たような話なのですが、東日本大震災の被災への義捐金の分配を決めるのに何カ月もかかるということがありました。ラジオ番組では永六輔さんが「議論は置いておいて、とにかく、さっさと配ればいいんだ」という意見を述べていました。確かに、困っている人をよそに分配方法を何カ月もかけて決めるというのは、「あまりにもスピード感がない」「被災者のことをろくに考えていない」という批判も仕方ありません。

しかし、何億円も義捐金が集まった時、どのように配ったらよいのでしょうか。10億円が集まったとして被災者が20万人いれば、一人5千円づつ配ればよいのでしょうか。これではあまりありがた味もないでしょう。仮に、公平に5千円づつ配るとしてもどのように被災者とそうでない人分けるのでしょうか、二重取りする人、配布に漏れてしまう人は出ないでしょうか。ことはお金です。10億円のお金が誰も不正を働かずに本当に被災者に届くのをどのように確認すればよいのでしょうか。

考え出すと、次から次へと問題が出てきます。そもそも何十万人も相手がいるサービスはコンピューターの助けがなくては効率的に行うことは不可能です。それでは義捐金配布システムの開発はどうすれば良いのでしょうか。誰がシステム開発費を出すのでしょうか。こうやって考えると、取りあえず目についた避難所に取りあえず7百個のケーキを届けようとしことを、傲慢とか無知とかいうのは、やはりあんまりだという気がします。好意を届けるのにITシステムの開発まではとてもできません。一方、林さんの好意を断ったボランティアの人も気が利かないという点はあるにしても、非難はできないでしょう。8百人というのは目の前にすれば恐ろしさを感じさせるのに十分な数です。手一杯の状況でシステムも組織もないボランティアの人が断らざる得なかった気持ちも理解できます。

面白いのは、ネットで林さんを擁護したり非難したりする人たちの誰も「ケーキ分配システム」「ケーキ配分組織」の必要性を言わず、林さんの好意あるいは傲慢さ、ボランティアたちの決断力や態度など、人間性ばかりを語っていたことです。気持ちはとても大切ですが、それだけでは仕事は進みません。ビジネスプロセスとそれを支える情報処理システム、実行組織があって初めて意志決定は有効に実行されます。

プロセス設計のない組織では目的遂行はできない

ケーキを分けることを決めることすら簡単ではないなら、どんな組織でも組織の目的を遂げるためには善意や奉仕の精神だけでは物事は進まないでしょう。非営利団体は非営利であるからこそ、ビジョンと責務の明確化、実行戦略の策定、実行のための組織とプロセス設計が必要になるはずです。それなしでは「あいつがだけがなぜ目立つ」といった嫉妬、欲望、闘争本能などの人間の根幹にある部分がむき出しになってしまう危険があります。組織が組織として機能するには組織内にある種の司法権、暴力装置のようなものも必要なのです。

ドラッカーはマネージメントはどんな組織でも必要だと説きました。ドラッカーはマネージメントの基本をGMのような民間企業だけでなくマーシャル参謀総長の下の米軍組織の研究から多くを学びました。経営学で使われるラインとスタッフ、戦略、オペレーションなどは元々は全て軍隊用語です。ドラッカーが軍隊に学んだのなら非営利団体が企業に組織運営を学んでも良いでしょう。

もちろん学ぶべきはマネージメントの手法や組織運営で、派閥やごますり、ひいいては足の引っ張り合いの真似をすることはありません。しかし、人間は組織を作ると往々にして同じようなつまらないことをしてしまうことは事実です。いずれにせよケーキを分けるような問題を解決することができなければ組織は組織としての意味も価値も失ってしまうことは間違いありません。そして組織には常にマネージメントが必要なのです。林さんのケーキを巡るネットでのやり取りは、東京都知事も含め、組織にはマネージメントが必要という単純な事実は決して一般の常識ではないことを教えてくれます。

 

(本記事は「ビジネスのための雑学知ったかぶり」を加筆、修正したものです。)


馬場 正博 (ばば まさひろ)

経営コンサルティング会社 代表取締役、医療法人ジェネラルマネージャー。某大手外資メーカーでシステム信頼性設計や、製品技術戦略の策定、未来予測などを行った後、IT開発会社でITおよびビジネスコンサルティングを行い、独立。

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