チキンゲームの戦い方 前編|馬場正博の「ご隠居の視点」【寄稿】
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- POSTED : 2014.12.04 08:53
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相手が勝負から降りる状況を作り出す
チキンゲームとは正面に向き合った二台の車を疾走させて、先にハンドルを切った方を「チキン(英語で臆病者の意)」と嘲るというゲームです。恐ろしく危険で愚かしいゲームですが、元はと言えばアメリカの若者が始めたゲームだと言われています。
チキンゲームを有名にしたものに、ジェームズ・ディーンが主演した「理由なき反抗」という映画があります。この中でジェームズ・ディーンの演じる主人公は敵役と女の子を取り合って、崖に向かって別々の車で疾走して、先にブレーキを踏んだほうが負けというゲームをします。映画では敵役のブレーキが引掛かって敵役は崖下に転落し、ジェームズ・ディーンはブレーキを踏んだのにかかわらず女の子を獲得するという好都合な結果になりますが、これは本来のチキンゲームではありません。
チキンゲームでは回避行動、つまりハンドルを切った方は、引き分け(相手もハンドルを切った場合)か負けしかありません。ジェームズ・ディーンのように回避行動を取ったのに相手だけが死んでしまうということはなく、死ぬときはどちらも死んでしまいます。
チキンゲームの構造が「囚人のジレンマ」と違うことはお分かりになるでしょうか。「囚人のジレンマ」では捕えられた二人の囚人どちらも共犯者(ゲームの相手)が自白しようが黙秘しようが、自分が自白することが最良の選択になります。二人とも自分の利益を追求する結果、自白の選択をしてしまうので、二人とも黙秘を貫くという全体最適が実現できなくなってしまい、それが「ジレンマ」と言われる理由です。
チキンゲームでは相手が回避行動を取るなら自分は突進する方が良いですし、相手があくまでも突進を続けるならハンドルを切るのが正しい選択になります(死ぬ方が「チキン」と呼ばれるよりましと思うなら別ですが)。つまり、「囚人のジレンマ」では相手の選択にかかわらず自白が正しい選択なのに、チキンゲームでは相手の選択により、こちらの最適な選択が違ってしまうことになります。
チキンゲームはビジネスの世界でもよく見られます。安売競争、新製品の開発競争、買収合戦など戦っているうちに損得勘定を忘れ、「勘定より感情」でとことん突進してしまうことも稀ではありません。チキンゲームのうまい戦い方はないでしょうか。
チキンゲームは正気の人間である限り、最後はハンドルを切るはずです。逆に言えば、相手が絶対にハンドルを切ってくれないと思えば、こちらの戦略はハンドルを切ることしかありません。例えば、相手に見えるようにハンドルを外して放り投げてしまう。わけのわからないことを喚き散らしながら運転席につき、正気ではないと相手に思わせるなど、相手に「絶対にハンドルを切ってくれない」と信じ込ませることができる方法があれば、それは必勝法になります。
米ソ冷戦時代、両国は世界を何回も破滅させられるほどの核兵器を持っていました。しかし、アメリカのような民主主義国では戦争に反対する勢力もあるし、宣戦布告は議会の承認が必要です。ソ連が核攻撃をした時にもたもたしていれば全滅させられてしまいます。このためソ連が核攻撃をしてきた場合、大統領は議会の承認なしで反撃する権限を与えられていました。
1963年にスタンリー・キュービックの監督で制作した「博士の異常な愛情(原題 Dr. Strangelove)」という映画では、米ソがそれぞれ自動核報復装置を開発します。自動核報復装置は自国に核兵器が落とされたことを検知すると、何の命令がなくても相手国に核攻撃を行うのです。このような装置があれば、核攻撃された後、怖気づいて報復をためらうことが絶対にない。つまり攻撃側は先に攻撃することで相手の報復する意志をくじくということは期待できなくなるわけです。
北朝鮮は瀬戸際戦略と呼ばれる方法でチキンゲームを戦っています。突然日本海にミサイルを撃ち込んだり、あらゆる約束を反故にしたり、北朝鮮のやり方はまともな国家とは思えないことが多いのですが、だからこそ「あの国なら核攻撃をためらうことはないだろう」と相手に思わせることができます。北朝鮮がどこまで意識的に「狂った国家」を演じているかはわかりませんが、チキンゲームの戦い方としては賢い戦略と言えないこともありません。
チキンゲームの別の必勝法に正面衝突しても壊れないほど丈夫な車に乗るという手があります。西部劇で言えば「先に抜けよ」と早撃ちのガンマンが挑発するようなケースです。太平洋戦争前、日米交渉は完全なチキンゲームの様相を呈していました。アメリカは日本に中国からの即時撤退を要求し、要求が入れられないと石油禁輸の制裁を行いました。当時の日本は石油輸入の過半をアメリカに依存していて、禁輸の継続は軍事能力の喪失を意味していると考えられました。つまり日本としては車を止めて相手の出方を見るということはできず、突っ張るか(日米開戦)か回避(中国からの撤退)の二つしか選択肢はないと思われたのです(本当にそうだったかは議論はあるでしょうが)。このときの日米はチキンゲームの行方をどう見ていたのでしょうか。
典型的なチキンゲームは「突進、突進」の組み合わせは破滅を意味するのですが、アメリカはそうは考えなかったでしょう。アメリカは米ソ冷戦を除けば、自分はダンプカーで相手は軽自動車と考える傾向が強く、「突進、突進」の組み合わせは少なくとも自分の破滅とは思わなかったはずです。これに対し、日本は「満州は日本の生面線」と言われたように、回避は狭い日本領土に日本を閉じ込める非常にコストの高い策であると思われました。一方、日本も盟友のドイツはスターリングランドの敗北以前でヨーロッパ全土を掌握し、ソ連に破竹の勢いで進撃。イギリスの陥落も時間の問題と思われていて、「突進」してもそれなりの勝機はあるのではないかと思っていたようです。結果は日本はダンプカーに衝突した軽自動車のような目に会わされたのですが、アメリカも真珠湾攻撃で主力戦艦部隊を全滅させられ、劣勢を挽回するまでには1年以上の時間がかかりました。日米のチキンゲームは両国が思うよりずっと厳しいものだったのです。
ビジネスの世界でも相手にチキンゲームから絶対に降りない、と印象付ける方法はあります。安売り店でよく見られる「ここより安い値段のチラシがあればお持ちください。その値段にいたします」は消費者に対してだけでなく「うちに安売りを仕掛けても無駄だ」と競争相手にメッセージを送るものです。ソフトバンクはかつて「他社の追従対抗値下げには24時間以内にさらに値下げを発表」しますと宣言したことがあります。これは一見チキンゲームを戦っているようで、他社に「チキンゲームは止めよう」と呼びかけているとも考えられます。
もちろん、これらの戦略は相手方に「正面衝突しても粉砕できる」と思われては効果がありません。資金力、技術力に不足はなく、いざとなったらとことん戦えるし、その気も十分だと思わせることが必要です。
チキンゲームは下手をすると破滅的な目に会うし、できればチキンゲームなどしないのが一番と考える人も多いでしょう。逆に自分の強さに絶対的に自信を持っていれば、常に強気に出ることで有利な立場を得ることも戦略としてあり得ます。それでは常に衝突を回避する「ハト戦略」と常に正面衝突を選択する「タカ戦略」のどちらが賢いのでしょうか。次はそれを考えてみましょう。
(本記事は「ビジネスのための雑学知ったかぶり」を加筆、修正したものです。)
馬場 正博 (ばば まさひろ)
経営コンサルティング会社 代表取締役、医療法人ジェネラルマネージャー。某大手外資メーカーでシステム信頼性設計や、製品技術戦略の策定、未来予測などを行った後、IT開発会社でITおよびビジネスコンサルティングを行い、独立。
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