大阪ガス行動観察研究所 松波 晴人氏対談 :「行動観察」を学んでみよう

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行動観察×ビッグデータの組みあわせは最強である

松波:
ご無沙汰しております。日経情報ストラテジー主催のセミナーの時以来ですね。

網野:
わざわざ大阪からご来社、ありがとうございます。

日経情報ストラテジーのセミナーご一緒して松波さんのお話を伺ってから、松波さんの著書、ビジネスマンのための「行動観察」入門  と「行動観察」の基本 を読ませて頂きました。また、ハーバードビジネスレビューの記事(Harvard Business Review 2014年 08月号)も実は勝手に弊社のOMに掲載させてもらっていましたが、それらを踏まえて今日は気になっていた質問とかを聞かせて頂ければと思います。(関連記事:ニュースななめ斬り by ギックス / 行動観察をイノベーションへつなげる5つのステップ(Harvard Business Reviewより)

行動観察とは?~エスノグラフィとの違い~

網野:
まず最初に初歩的な事を聞かせて下さい。私が学術的な体系を全く理解していないので聞いてしまうのですが。。。マーケティングリサーチで顧客調査などをしている時に、「エスノグラフィ」と「行動観察」と言うものの違いが実はわかっていなくてですね。。。エスノグラフィ調査は人類学者が各文化の行動様式を解析し異民族を理解するためのアプローチという説明は頭では理解していても、マーケティングの現場で横から拝見していると、エスノグラフィで実際に行っているのは「行動を観察する」ということなので、「エスノグラフィ」と「行動観察」の違いが分からなくてですね。。。

松波:
実はよく聞かれますよ。笑「行動を観察する」という行為は一緒ですからね。そういう意味では一緒です。でも、実は全然違うところがありまして、行動を観察した後の活動に違いがあるし、明確な「流派」の違いがあるといえばいいのかな。エスノグラフィは社会人類学で、文化を調べるもの、そして目的が民族誌なんですね。民族誌の誌は雑誌の誌なので、どちらかと言うと行動の観察結果を解釈してレポートを書くことを目的にしている感じになります。入念に調べて、解釈して、その解釈結果を積み上げていき、積み重ねた結果がレポートになる。解釈までが主なエスノグラフィの役割で、あまりソリューションの話はしません。ビジネスの場での適用で言えば、例えば、若い主婦の方々はこういう文化を形成していますよね、という調査を行い、その解釈したものが網羅されてくる形です。

一方で、世の中にはいろいろな流派があると思いますが、少なくとも私の行動観察はソリューションのためにやっています。私のバックグラウンドが人間工学や心理学ということもありますが、行動を観察して、人間を解釈する目的はその後にソリューションを出すためにやっているのです。網羅して、体系化することそのものが目的というわけではなく、本質をいち早く掴んで、アブダクションして行きたいというのが目的です。

網野:
なるほど。行動を観察するという手段は似ているようでも、元々の目的が大きく違うので、その後の活動が大きく異なると認識すればよいのですかね。

松波:
そうですね。きっと両者の手法を一緒に体験して頂けるとよくわかると思います。

行動観察とビッグデータの役割を考える

網野:
私は本当はデータはビッグなデータだろうが、リトルなデータであろうが、定量だろうが、定性だろうが、結果が出れば良いという原理主義ということを前提でお伝えした上で、、、でも弊社の生業として、”ビッグなデータも”取り扱うお仕事になりますので、ちょっと無理を承知で聞いてみますね。笑
グループインタビューやデプスインタビュー、行動観察などの定性調査と、アンケートなどの定量調査の使い分けはイメージがつきやすいと思います。
一人の人に対してカバレッジ領域を広げて、深層心理まで把握していこうという取り組みが行動観察の肝だと思いますが、その領域をデジタルで代替していくことは可能なのでしょうか?

松波:
可能か不可能か、で言えば全く不可能ではないと思います。答えは半分Yesであり、半分Noですね。例えば、観察し尽くしたフィールド、つまり仮説がわかっている領域なら、デジタルで代替していくことが可能になると思います。解釈の仕方がわかっていれば、そこをデジタライズして、自動で判別していくこともできるでしょう。そういう意味では半分Yesです。
ただし、我々が行う行動観察という取り組みは、データに意味があるのではなく、解釈に意味があると思っています。ジョハリの窓である、自分も他人もわからない動作を人間が解釈していく行為が行動観察だとすると、すでに解釈の仕方が分かっていてデジタライズして当てはめるだけのものは行動観察と言えないと言えば、確かに言えない。よって半分がNoです。笑

網野:
なるほど。解釈が肝とおけばデジタライズはNoですね。画像から自動で判別して、その解釈もアルゴリズムを作って確率が高いセグメントに分類分けしていく場合には、肝は解釈ではなく、自動分類になる。解釈がわかっている事象に対して、多数の被験者の行動観察をして自動で判別するものは場合により有用だろうが、それは「解釈」をしていないで判別するための行動観察なので、狭義の意味の行動観察にはなっていないということなのかな。
昨今のビッグデータブームもあると、松波さんも行動観察とビッグデータの組み合わせに関してはよく質問されるのではないですか??
ハーバードビジネスレビューのタイトルも「行動観察×ビッグデータ」でしたしね。

松波:
ビッグデータと行動観察の組み合わせには大きく2つあります。
まず一つ目。先に行動観察して、その後にビッグデータを使うパターンです。例えば、まったく新しい価値を生みたいときはこの流れだと思います。若者に受ける映画を作る場合を考えてみましょう。最近の若い子たち同士の会話を行動観察してみると、友人同士で無難な会話しかしていないということが観察されます。仲が良いことが何より下心、お互いの関係を乱したくない、突っ込んだ対立をしたくないのだろうと解釈できます。

先日ある漫画から映画化された作品が流行っていました。実は我々のような古い世代の人間からすると当たり前のシーンがないのですよ。例えば、ライバルが登場して競っていくとか、仲間同士が同じ子を好きになり恋愛のゴタゴタがあるとか、そういうシーンが一切ないのです。「ライバル不在」、「恋沙汰のトラブル不在」。映画の中にコンフリクトがまったくなく、ただひたすらとほのぼのと続く映画だったりします。笑
こういったものは観察のほうが早く気づけるのではないでしょうか。

網野:
確かにそうですね。ソーシャルリスニングを行って、ビッグデータをこねくり回して行くといずれはこのことに気づけるのかもしれませんが、早さで言ったら行動観察の方が早いですね。合目的に考えると、若者を知りたいということなら、無理にソーシャルメディアをひっくり返して、かき回して分析する前に、若者をじっと観察してしまい、そこから解釈をしていった方が良いでしょうね。
余談ですが、コンフリクトが無い映画って見てて面白いのかな・・・。笑

松波:
古い世代はそう思うのですよ。笑
二つ目は、ビッグデータで分析して行動観察するパターンです。これも実際にあった話ですが、ある小売のPOSデータをガリガリと分析していくと、ガムと雑誌が同じトレンドで売上が下がっていることがわかりました。しかし、データからだと、何故そうなるのかがわからない。理由を知るために店舗に調査に行くと、一目瞭然で分かります。ガムも雑誌もレジの前に置いてあり、レジ待ちの時に買う商品です。ですが、今はレジ待ちでは皆スマートフォンを使って待っているので、ガムにも雑誌にも見向きもしない。笑
どちらにも言えることですが、ビッグデータと行動観察の組み合わせが最強だと思います。

網野:
「行動観察とビッグデータの組み合わせが最強である!!」と言うタイトルで本でも出しますか。笑
ビッグデータが先でも、行動観察が先でもどちらでもよく、合目的に考えて、合理的な手法を取っていけば良いということですね。

長並列型仮説思考? アブダクション?

網野:
話題を少し戻しますが、行動観察の目的として、アブダクションしていきたいということがありました。アブダクション、仮説的推論です。同じ情報を見ても聞いても、シャーロック・ホームズで言えば、ワトソン君のように気づけない人もいるし、ホームズのように気づける人もいる。

このアブダクションの概念なのですが、これ初めて聞いた時に、「あ、これ私が言いたかった長並列型仮説思考だ。」と思ったのです。
(参考:アブダクション―仮説と発見の論理

松波:
長並列型仮説思考??

網野:
「???」となりますよね。笑
例えば、戦略コンサルティングの仕事をしている場合、最終報告のプレゼンテーションでは、「◯◯すべき。なぜなら・・・」という形でロジックが固められていますが、実は、「なぜなら」で説明した情報が積み上がって○○すべき、と言う仮説につながっていくわけではないのです。アブダクションした時の情報源を積み上げたからといっても、それが結論にふさわしいインテリジェンスとは限らない。実は、仮説を立案するときのインテリジェンスと、最終報告書の背景や理由説明するインテリジェンスは一致しないことが多々あります。
ですが、世の中にはこの情報とこの情報とこの情報を見れば、自ずと結論となる仮説が導き出される、誰でも考えつくと思われるのです。いやいやいや、世の中の思考は全てそんな直列型に都合よく進んでいかないよ、と。
世にある思考法で、「空・雨・傘」は例示としては素晴らしい展開なのですが、情報の解釈と仮説立案と打ち手の検討で、単純な短直列で思考が進むことはあまりない。複数の情報が並列に並んで、結局こういうことじゃないか!と言う仮説が出てくる。それを私は長並列型仮説思考と呼んでいたのですが、それ、まさにアブダクションだ、と。笑

関連記事:基礎から学ぼう!長並列型仮説思考(第2回):長並列型仮説思考とはなにか 〜「そら・あめ」のケーススタディから考える!

松波:
長並列型仮説思考で書いている絵も、私が思っているアブダクションの思考と全く一緒ですね。このように並列な情報を束ねて解釈する、と言うのが私が思い描いているアブダクションです。

アブダクションは後天的に身につけることができるのか?

網野:
そのアブダクションですが、これは後天的に身につけることができますか? それとも、ある程度先天的な素養に左右されてしまうのですか??
行動観察でも同じものを見ても気づける人と気づけ無い人がいる。また、気づいて見た後の解釈にも差が出る。解釈して、ソリューションを考えるとなると、相当バラツキが出てしまいそうだな、と思います。
アブダクションは行動観察だけでなく、我々が常に使う戦略策定にも必要不可欠なスキルです。「気付き」が得られるのか、否か。解釈できるのか、否か。これはトレーニングで後天的に身につくのでしょうか?

松波:
直列的な仮説思考は、いわば演繹的な発想ですよね。まさに受験フレームワーク。ベースとなる絶対的な正解があり、それに当てはめて考えれば万人が納得できる解が存在するという前提です。これに慣れていると、誰がやっても同じ正解が出てくることを求めてしまいます。
受験では英語が100点満点で、100点取れるなら別の教科をやるほうが受験に合格すると言う目的から見ると効率的ですが、ビジネスは100点満点ではなく、1,000点も10,000点もあるんですよね。
アブダクションは医者の診断と一緒だと思います。最初の診断で100%を求めて進めようとすると、検査ばかりして、治療に進んで行かない。

そのアブダクションを学ぶにはどうすれば良いのか。まずはこういう考えがアブダクションですよ、と机上で座学で伝えてから体験してもらうやり方ではなく、いきなり体験してもらって、それが実はアブダクションですよ、と知ってもらう方が良いと感じはじめています。アブダクションを体験させてから、「実はこの考え方です」と伝える。トランプもルールを教えつつ、まずはやってみる、だと思います。それと一緒ですね。「抽象」と「具体」の組み合わせという言い方をしていますが、まさに両方が必要で、そのキャッチボールです。

トレーニング中はできるようになるのですが、その後まで継続していけるようになるには、トレーニング後の受け入れ側の体制も必要ですね。
ホテルで有名な仕組みがありまして、顧客対応の担当者に顧客サービスのために無条件で使える10万円相当までの決済をもたせたらしいのです。でも、当初は誰も使っていなかったそうです。ある大学の先生がメガネを忘れて、それを担当者が新幹線で届けに行ったらしいのですが、会社はそれをとにかく褒め称えたそうです。「担当者は予算を持たされたが、それ本当に使って良いのか? 本当は使うと会社から叱られるのではないか?」と皆が思っています。そういう具体的な行動に対して、会社から手放しに褒め称える必要があります。私のトレーニングでも、失敗をした取り組みを評価するようにしています。そして、成功したらもっと評価します。でも、無難なことしかやらない奴は全く評価しない。笑

網野:
失敗を恐れるな、と言われても無理がありますからね。どうしても、「何もしない」と「失敗する」なら、後者の失敗する方が叱られる社会で育ってきていますから。何もしない奴より失敗するやつを褒めるというのは良い取り組みですね。
ちなみに、私は「伝説になるか」と言う指標だけで動いているからあまり失敗は気にしませんが、よく失敗して回りの役員に怒られていますよ、また社長がやらかしたって。笑 うちの役員に松波さんから言ってもらおうかな。笑

松波:
伝説???

網野:
伝説です。自分の中の、物語として残る小さな伝説。
成功するか、失敗するか、ではなく、これをやった時に伝説になるか否か、が自分の判断ポイントです。例えば、私は起業する前は大企業の役職者でした。若くして得た大企業の部長職のポジションを捨てて、でも起業して失敗したらどうしよう?と考えたらなかなか踏み込めないです。でも、「あれ、大企業のポジションを捨て去って、やりたいことをやって、結果として大失敗しても、これ伝説になるんじゃない?」みたいな感じです。笑
例え失敗しても、あとで振り返った時に、飲みながらいい想い出として語れれば、それで良いかな。

松波:
私も今度は伝説になるかで判断してみます。笑
最近色々な企業の方とお付き合いしてきて思うことは、実は今後は大きな会社が中小の下請けになったほうがよいのではないか、と思っています。中小企業がR&Dを行って、大企業はその中身を買っていく。大企業も得意分野だけをやっていくほうがやりやすいのではないかと。
大きなメーカーさんがデザインファームとかを外注や下請けで使っても、発注する企業側に価値を目利きする力がないと意味がありません。提言された内容は「奇妙なアイデア」なのか、「イノベーション」なのか。ある企業では目利き力を高める取り組みをしていると聞いています。社長や上席役員クラスが下から上がってきたアイデアに全て目を通してみて、目利き力を高めていったと。

網野:
目利き力。確かに、イノベーションなのか、奇抜なアイデアなのか、これは中々わかりませんからね。弊社くらいに小さい会社なら、「良さそうだ」と思うことは、資金的に無理のない範囲でやってしまいます。イノベーションなのか、奇抜なアイデアなのかを判断できるまで無理を押してでも試してしまえと言う形になります。でも、これは本来は大手の方が資本的なリスクが無いからどんどん実験すれば良いのですが。大手の1億円は端金ですが、弊社からみたらとんでもない大金です。

松波:
失敗は減点になる企業が多いですからね。固い会社に向けて「大失敗をすることを目的としたプロジェクトをやりましょう。」と言ったことがあります。「リスクを恐れるな」「リスクをとれ」と言ってもリスクは取りません。だって、失敗したら怒られるから。だったら、失敗をすることをミッションにして、プロジェクトをすれば、誰も失敗を恐れない。でも、多くの企業で、失敗しようとしても結局は成功しちゃうのですけどね。笑
大企業は生産性や最適化を求めています。高速道路をものすごい高速で運転しながら、でも絶対に事故るな、と言われているようなものです。

網野:
その一方で、社長からはイノベーションだ!と言われる。失敗するな、でも、リスクは取れ。生産性を上げて効率的に仕事しろ、でもイノベーションマインドを持て。これはまったくもって無理は話ですね。笑

松波:
「機械との競争」と言う本がありました。人間の仕事がコンピュータに奪われていますが、人間にどういう仕事が残るのか?
例えば、美容師は残るそうです。「夏っぽく」とか、人間の高度な解釈が残る仕事は残るようです。解釈をする、クリエイティビティと言う領域は今後も残り続けると言われているので、この領域をトレーニングと言う形で実践できるように教えていけたら価値がでると考えています。そうした研修を色々と仕掛けていきます。

網野:
トレーニング期待しています。弊社も受講させて下さい。笑
本日はありがとうございました。

 

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