ギックスの本棚|ファンに愛され、売れ続ける秘訣(和田裕美/佐藤尚之|かんき出版)➡ ファンベース×B2Bについて考えるための一冊
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目次
B2B領域における「ファンベース」を考えるきっかけに
先日、書籍「ファンベース(ちくま新書)」について読書録を書いたのですが、本書は、そちらの関連書籍ということで読んだ一冊です。
おまえが、ファンベースの「ファン」になってるんじゃないか、と思われるかもしれませんが、木乃伊取りが木乃伊になるのは世の常です。某小売りチェーンのコンサルをしている際に、最大手の競合企業をベンチマークにして研究しまくった結果、そっちの魅力に気づいてしまい、案件終了後に競合のお店を良く使うようになっちゃった、みたいな話もあります。僕自身、少数派閥である「キノコ派」に属しているため、この劣勢を覆すために「タケノコ派」の切り崩しをもくろみ、「アルフォート」を戦線に投入することでタケノコ派の分断を図るという、いわゆる「天下三分の計」を計画し実行した(つまり、会議の場に、積極的にアルフォートを差し入れした)わけですが、その結果、僕自身が「アルフォート派」になってしまったという苦い経験もあります。
閑話休題。それでは本題です。
ファンベースは、B2Bでも適用可能
本書は、ファンベースの開祖である佐藤尚之(通称:さとなお)さんがアドバイザーという立ち位置で入っていますが、メイン著者は和田裕美さんです。営業職として活躍されて、その後、コンサルタントをされているということですが、その自分自身のスタイルが「ファンベース」の考え方と非常に近しいということで、「ファンベースの実践者」ということになっているのだと、僕は理解しました。
そういう意味では、本書は、B2Bビジネスにおけるファンベースの実践書と捉えるのが良いのではないかと思います。(B2Bビジネスって、変な言葉ですけど、意味合い的には通じますよね。)
本書のそで(カバーを折り返した部分)に、以下の記述があります。
この業界で私は19年という歳月の間、本を出し続け、セミナーをし続け、企業様からも声をかけ続けてもらっています。
それは私の実力ではない。すべては「ファン」の存在があるからです。
「ファンに愛され、売れ続ける秘訣」そで部分
そもそも、B2Cであれ、B2Bであれ、何かを買う・使うという意思決定を行うのは「人」です。人には感情の動きがあり、好き嫌いなどの定性的かつ個人的な基準が、意思決定に大きく影響します。そうした際に「好き」「愛している」というファンの感情を持ってもらうことは、極めて有用なことだと言えるでしょう。
また、B2Cは、一般的に、非常に多くの人たち(マスセグメント)に対してビジネスを行う必要があります。(エルメスやフェラーリなどのごく一部のハイブランドは少し事情が異なりますが、それでも、顧客数はかなりのものになります。)それに対して、B2Bは、もっと少ない顧客に向けてビジネスをすることも多くあります。(もちろん、業種・業態に依ります。)
そういうことを考えると、B2Bこそ「熱烈なファン」をしっかり作るようにトライすべきだという気がしてきます。
実際、僕自身がコンサルタントとして長年活動させていただく中で、「田中という個人」を高く評価してくれる方からのリピートオーダーが売上の中心になってきています。また、その人たちが、別のお客様を紹介してくれるという、まさに「ファンベース」の理想形になっています。
※意識的に狙って実現したわけではないので、再現性が高いとは思いませんが、事象としては似ていると感じています。
本書は「売り方(営業の仕方)」の話が主体
一方で、本書は「売り方(営業の仕方)」にフォーカスしています。ファンベースの理論書ではない、ということです。そもそも、書籍のタイトルに「ファンベース」という言葉が含まれているわけでもありません。(帯には「大手企業から有名球団までが導入の『ファンベース』を学んで売り方を変えよう!」と、用語を使いつつ、それを学んで実践するための書籍である旨が書かれています。)
そのため、B2B企業がファンベースをどう実現するか、という点よりは、ひとりひとりの営業パーソンが、ファンベースの思想に基づいてどう行動するか、という点に主眼が置かれています。
そのため、コアな想定読者は「営業パーソン」という風に捉えるべきでしょう。(つまり、僕自身は対象読者ではないわけですが)ファンベース思想に基づいた営業テクニックの観点で読むと、非常に学びになる点は多くあります。例えば、
- ファンづくりにおいては「売れる人」ではなく「選ばれる人」が求められるようになります(p.76)
- 「ベネフィットを売る」などのマーケティング手法では、あくまでも「契約を取る」ことにゴール設定をした”誘導”になります。しかし、ファンづくりでは「お客様が幸せになる」ことをゴール設定とした”寄り添い”なのです(p.81)
- ファンづくりは「狩猟型」ではなく、育てて収穫するという「農耕型」です。(p.84)
これらの話は、まさに営業の活動、つまり、マーケティングではなくセールスの領域における、ファンベース実現のコツだと言えるでしょう。
B2B企業が、ファンベース企業になるためには
本書については、上記のような読み方をしていっていただくのが良いと思うのですが、僕自身は本書を読みながら、ちょっと違うことを考えてしまいます。さきほども少し触れましたが「B2B企業が、ファンベースを実現したいと思ったとき、ファンベース企業になりたいと思ったときには、どうするべきか」という観点です。
なお、本書の中でも、そうした観点には触れられていまして、(B2C企業ではありますが)埼玉県のリフォーム会社である「株式会社OKUTA」の事例が紹介されています。具体的には、
実はOKUTAさんも昔は新規獲得をどんどん狙っていく売上重視の会社だったのです。しかし、4年ほど前にもっとお客様との関係性に重きを置こう、ファンになってもらおう、と大きく方向転換。新規を何件開拓したかではなく、「お客様からの指名が多い」「顧客満足度が高く(注:原文ママ)」という評価軸にシフトし、完全に個人のノルマを無くされたからこそ、営業は数字を気にせずにお客様との関係を築けるのです。
「ファンに愛され、売れ続ける秘訣」 p.173
というお話です。
ノルマを完全になくす、というのはなかなか難しいかもしれませんが、「顧客満足度」などの指標を用いるのは多くのB2B企業において有効だと思います。その他にも、継続率やリピート率などのKPIはしっかり追っていくのが良さそうです。関係構築ができているかどうか、が重要になってくるわけですからね。
また、B2Bの特徴として「相手の情報が手に入りやすい」ということがあります。会社対会社の取引ですから、名前が分からないということはありません。請求/支払のプロセスに際して、与信チェックが行われるケースも多いでしょう。単なる購買関係だけではない場合には、契約書を締結するケースも多くあります。
B2Cのように、ふらっと来店して、一見さんとして物を買って帰る、という状態にはなりません。常に、自分がだれであるか、を示した状態から関係性がスタートします。
さらに、多くの場合、顧客との取引に営業パーソンが介在します。ECなどwebで完結する取引が主体の場合であっても、大口取引には担当営業が配置され、コミュニケーションをとることになります。この「機動的に動ける顧客接点(営業)」がいる前提があるため、今回ご紹介した本に書かれているような「営業がファンベースの実践者になる」ことに有用性が出てきます。
一方で、B2Bにおいて「顧客の担当者を特別扱いする」ことは、危険でもあります。また、手間のかかるアンケートに回答させて「ファン度」を図るとか、ファン・ミーティングに自腹で来てもらう、などのB2Cなら理想的とされる手段が使えません。個人客と違って、法人客は「担当者と企業は別人格」であることに留意する必要があります。担当者にコストを支払わせることも難しく、また、何かの便益を提供してしまうと利益供与等の問題に発展しかねません。
別の観点では、先方の担当者が異動する・退職する、という話もあります。そのため、担当者個人を「ファン」にするのではなく、その企業をファン化させていくことを目指すべきだともいえるでしょう。(なお、転職、の場合には、「ファン」になっている担当者さんが、次の職場で継続利用に取り組んでくれる可能性はあります。)
そう考えると、B2Bにおいては例え「ファン」に対してでさえも、情緒的価値よりも、機能的価値による訴求を意識していくことになりそうです。ユーザー会などを実施する場合にも、「どういう使い方をすれば、便益を最大限享受できるか」「どういう機能の組み合わせ方にすれば、コスト効率が良いか」などの話が中心になるでしょう。
ファンの理解に関しても「使い方」を中心に分析し、それをベストプラクティスとして用いることになるように思います。(このあたりについては、関連記事:ファンベースを行動データで強化する|ゾクセイ研ブログ もご参照ください。)
まだまだ生煮えの状態ですが、ひとまずはここまでで筆をおくことにします。ファンベース×B2Bについて考える良いきっかけになりました。
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