2023年9月、観光庁から日本人・外国人ともに延べ宿泊者数がコロナ前水準を超えた(※1)ことが発表されました。加えて国内旅行の1回当たり支出は、2023年4月〜6月段階で前年同期比11.0%増、2019年同期比14.6%増(※2)となり、日本人が国内旅行にかける費用も回復傾向にあることがわかっています。
日本各地への旅行の需要が高まる中、観光客の誘致や再来訪促進のために地方は何に取り組めば良いのでしょうか。全国各地で地方起業家や活動家とともに地方創生プロジェクトに携わる漆畑 慶将氏に、ギックスの地域経済活性化プロジェクトチームのディレクター加部東 (かぶと)大悟が聞きました。
※1 宿泊旅行統計調査(観光庁、2023/10/31)https://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/content/001705721.pdf
※2 旅行・観光消費動向調査 2023年4-6月期(観光庁、2023/8/16)
https://www.mlit.go.jp/common/001624382.pdf
目次
「地元の方だけで自走できる」をゴールに地方創生プロジェクトを牽引
加部東:漆畑さんは現在様々な地方創生プロジェクトを手掛けているそうですが、どのようなことがきっかけだったのでしょうか?
漆畑:もともとはデジタルPR領域の会社を経営していたなかで、色々な地域のプロジェクトに携わっていました。本格的に地方をテーマに活動しはじめたのは、創業した会社を売却した後です。転勤族で幼少期に各地を転々としていたため、自分の故郷がどこか分からないという感覚があり、地元のような場所を作りたいという想いから地方に関心があったことも大きな理由です。
現在は、群馬、愛知、横浜、大阪、岡山などのプログラムなどでスタートアップ企業のメンターを務めるなど、地域外の目線から見た魅力を地域内外に発信するプロジェクトを地方の自治体・団体・事業者の皆様と連携しながら実施しています。イベントの開催から施設などの場作り、Webサービス・アプリ制作など手法にはこだわらず、将来的に「地元の方だけで自走できること」を重視した地方創生につながる取り組みを行っています。
漆畑 慶将 氏 大学卒業後、在京民放テレビ局に入社。2016年にデジタルPRに特化する株式会社OKPRを創業し2020年にM&Aにより株式会社VOYAGE GROUP(現:株式会社CARTA HOLDINGS)入り、後に売却。現在は情報経営イノベーション専門職大学【iU】の客員教授、公益財団法人東京都中小企業振興公社のアドバイザー、横浜市や大阪市のプログラムなどでメンターを務める。またパーソナリティとして、複数の地方ラジオ番組を手掛ける。 |
自地域の個性を捉え、適切なロールモデル取得を
加部東:様々な地方創生プロジェクトに携わるなかで、漆畑さんは「地方の課題」をどのように捉えていますか?
漆畑:少子高齢化による人手不足など幅広い領域に課題がありますが、そのなかでも、昨今注目の集まっている「観光」という領域に絞ると、大きく3つあると考えています。
1つめは「ロールモデルの不在」です。本来、観光資源や立地、文化などのさまざまな切り口で自分たちの地域と共通性が高い地域をロールモデルとすべきです。しかしながら、日本国内ではまだまだ各地域の成功事例に関する情報が数多く蓄積・流通されているとは言い難い状況です。そのため、大都市圏や海外などに事例を求めることになり、どうしてもフィットしにくいんですよね。
加部東:地方の主要駅などで景観や作りが似通っている印象を持つことがありますが、これも他都市の事例に倣って考えがちな結果、ということでしょうか?
株式会社ギックス 地域経済活性化プロジェクトチーム 事業構想ディレクター 加部東 大悟 大学卒業後、外資系戦略コンサルティングファーム、シンガポールの投資会社を経て、2015年入社。2018年より社長室長兼内部監査室長、2021年より管理本部長として事業規模拡大と高生産性の維持を目的に経営基盤領域を強化し2022年の上場を牽引。2023年9月より現職。 |
漆畑:まさにその通りだと思います。とはいえ観光客目線では、旅行先で大都市を倣った街づくりは魅力的に映らず、足を運ぶ理由にならない。だからこそ、成功した地域の独自事例が広く発信されていくことが大切ですし、参考にする側は地域ならではの魅力を客観的に認識する必要があると考えています。
「エース級観光資源」依存を脱却、小さな100の個性を発掘
加部東:2つめはどのような点でしょうか?
漆畑:「特定の有名観光資源への依存」です。歴史があり、すでに全国に名が知られているいわゆる「エース級」の観光資源がある地域は、それ頼りの一本足打法になってしまう傾向が強いです。その他にも魅力的なスポットがあるはずなのに、それらについての情報を発信し、周遊を促すような施策が打てていないケースが多いと感じています。
例えば、世界遺産となっている「エース級」の観光スポットが域内にいくつも存在するエリアの某観光団体とお話してた際にも、この話題になりました。多くの有名観光スポットを抱えるエリアでさえも、特定の観光資源だけで観光客を惹きつけることは難しい、と。「そこに『行きたい』と思ってもらうには、一本足では不十分で、100個の個性を打ち出す必要がある」と言うんですね。とはいえ、100個の新しい観光資源を作り出すことは大変ですが、「すでに存在しているもの」の中から編集することで、キラリと光る小さな個性を見つけることは可能です。これは、どの観光地にも通ずる有効なアプローチになるはずです。
加部東:逆にとらえるとそのような動きができている地域は、日本国内に存在しているものなのでしょうか?
漆畑:そうですね。特に瀬戸内エリアは上手にやられているように感じます。海や島といった地域固有の自然資源を活用したイベントを行うなど、1箇所の観光地で勝負するというよりも、広いエリアに点在する小さいながらも個性的なコミュニティが自律的に機能して、全体として集客力を高めているという印象があります。
観光客フレンドリーな交通設計への意識
加部東:ロールモデルの不在、エース級観光資源への依存、ときましたが、最後の3つめについても教えていただけますか?
漆畑:「観光客目線になっていない交通設計」です。私は交通都市型まちづくり研究所の代表理事も務めているのですが、その地域に初めて来た人に、優しい交通設計になっていないことへ課題感を持っています。
加部東:確かに、駅の看板や標識が地域住民の方に向けて最適化されていて、土地勘のない観光客にはパッと見てもわからないし、ちゃんと調べたり聞いたりしないと目的地にたどりつけないケースがありますね。
漆畑:最近では、タクシーやバス、観光に関するアプリなどを各地域で独自に開発して提供する事例が増えています。それぞれの地域に根差した独自性の高いサービスで、ひとつひとつはもちろん素晴らしいと思うのですが、観光に訪れた人からすると「旅行先で、そのエリアでしか使わないサービスをダウンロード、インストールし、登録までしないといけない」というのは、なかなかハードルが高いと感じてしまいます。地元の方ならいざしらず、観光客向けという意味では、そうした独自アプリなどの取り組みは、うまく機能していないことが多いですね。
加部東:おっしゃる通りですね。数日の滞在のために、新たなアプリのダウンロードやアカウント登録をするのは、ちょっとためらってしまう人も多そうです。
漆畑:これは1つ目の課題としてお話した、主要都市部をロールモデルにした弊害なのかもしれません。膨大なユーザーが存在する都市部のサービスであれば、独自アプリも一定の需要が存在するので、観光客が使わなくてもアプリとしての提供価値を高く保つことができます。その提供価値を観光客も享受できるという意味で、インストールすることも検討してもらえるわけです。
また、東京や大阪であれば、交通の要所として「また来る」可能性が高いため、インストールするインセンティブが高くなります。一方、各地を訪れる観光客の体験という観点で考えると、もう一度来るかどうか、あるいは、次にいつ来るかが分からない、というようなことになります。そうすると、地域の独自規格を使ってもらうよりも、むしろ誰もが普段使っているサービスであるという点が重要になってくると思います。
観光地特有の課題、解決につながる「データ」の可能性
加部東:データという観点から見ても、誰もが使っているサービスを基盤とすることが、実は重要です。データを活用するためには、一定量のデータを蓄積する必要があります。地域で独自に新たなサービスを企画・導入する場合、0からデータを貯める必要があります。また、その地域内にお住いの利用者には限りがあるため、大量のデータを集める際のハードルが高くなってしまうのです。その点、すでに利用者が多くいるサービスを活用すれば、その土地での利用以外も含めたデータを活用することができます。
その際も、連絡先などの特定の個人情報ではなく、行動傾向や属性などのメタデータを活用することで、人々の動きを捉え、精度の高い仮説を立てていくのが、昨今のトレンドです。
漆畑:観光地に来てからの行動に加え、お住いのエリアでの日常生活における動向や行動特性、あるいは他の観光エリアでの動きも含めてデータで把握し、理解することができるのであれば、その情報は観光地で大いに活用できそうですね。
加部東:例えば「魅力がある観光地なのに足を伸ばしてもらえない」という課題に対し、アクセスが不自由だからなのか、ただ情報が届いていないだけなのかなど考え得る理由は複数あります。「実際にその観光地に訪れた方」「近くまで来ているのに訪れなかった方」などのデータがあれば、客観的な情報をもとに本質的な課題を特定し、誰もが納得感を持てる次のアクションの仮説を立てることができます。
漆畑:有力な観光資源の周囲の観光スポットや、付近のお土産屋などには人が集まりますが、そこからどこに移動して、どんなアクティビティをするのか、まではうまく捉えられていない地域が多いのが現状でしょう。もし、その後の行動パターンがわかれば、観光地目線では新たな施策が打ちやすくなると思います。
加部東:データを見ることで「地域の方は注目していなかったが、特定の層の観光客が高い確率で立ち寄る場所がある」などがわかれば、「キラリと光る小さな個性」の掘り起こしになりそうですね。
「残り時間でどこに行く?」検索不要で理想のツアーを生成するガイドツール
漆畑:例として挙げていただいた「足を伸ばしてもらえない」という課題は、なかなか効果的な施策が打ちづらく、皆さんが困っていると思います。情報発信やアクセス方法の整備など、長期的且つ大規模な対応が必要な場合が多くなってしまいます。加えて、旅行中に少し遠い場所、離れた場所にある観光スポットまで行くかどうかは、現在地からの距離と魅力度合いのバランスに加えて、その周辺に何があるのか?許容可能な時間内に戻ってこられるのか?などの複合的な要素で検討されます。これを、シンプルな1つの施策で解消するのは、とても難しいと言えるでしょう。
加部東:当社が提供している「マイグル」というサービスは、まさにそのような課題を解決したい自治体様・観光団体様にご活用いただいています。あらかじめ登録されたスポットを巡ってスタンプを獲得したり、自治体様などの主催者様の意図で巡ってもらいたい各種スポットをそれぞれミニラリー(通称チャレンジ機能)として多数設定できるサービスなのですが、LINEのミニアプリとして使うことができるため、新たなアプリをインストールするという心理的障壁も引き下げやすいという特徴もあります。また、観光地で活用いただく場合は「ガイド」としての役割を担うことができます。
各地域の事業者様が観光客向けのスポットを登録するわけですが、例えば100件登録したとしましょう。そうすると、そこを訪れた観光客はアプリ上の地図をもとに現在地から近い観光スポットや、次の目的地から近い観光スポット、あるいは、気になるお店が集まっている商業エリアなどを知ることができます。観光スポットにほど近いお店も、自分たちの存在を観光客に知ってもらう機会を増やすことになります。
漆畑:観光地では特定のスポットやお店にだけ観光客が集まりすぎてしまうことも多くありますよね。そのような場所はおすすめスポットから外すことで、局所的な混雑を回避するといった使い方もできそうです。
加部東:マイグルの特徴は、「複数の選択肢からどこを選んだか」「スタンプラリーを完成させたか」「完成しなかった場合いつ離脱したか」などを全てデータとして取得、蓄積できる点です。従来の紙で行うスタンプラリーでは可視化できなかった移動データ、経路データ、行動を可視化し、それらを分析することができるため、観光客のニーズをより多面的、多層的に捉えることができます。
漆畑:面白いですね。他にも観光で使えるシーンはありますか?
加部東:「新幹線や飛行機の時間まで●時間ある。この時間内で何ができるか」といった時間制限は旅行につきものですよね。これに対応するのが新たに開発したアイテナリー(旅程表)機能です。
マイグルに登録された多数のスポットの中から制限時間と必ず行きたい観光地やお店を1つ選ぶことで、時間内で巡ることが可能な周辺スポットをレコメンドし、ツアーを設計することができます。設計した複数のツアーの中で魅力的に感じたものを選ぶだけで良いので、膨大な情報の中から検索して探す手間がかかりません。自分にとって魅力的なスポットを選び取ることができます。
「観光客のデータ」は観光地の資産、そして地域・国内発展の原動力に
漆畑:地域の観光を盛り上げていくには、様々なステークホルダーとの調整が必要になります。意思決定の場面で客観的なデータをもとに議論できるようになることはとても重要です。そういう意味でも、データを蓄積・分析する必要性は、ますます上がっていくと思います。
そして、地方創生においては「地域住民の住みやすさ」とのバランスをいかにとっていくかも重要な点です。交通の話で言えば、地域の方が利用しやすい役所・生活必需品のお店と、観光客が行きたい観光スポットの双方に適切に移動できる手段を整える「MaaS」のような領域ですね。
加部東:私は、ギックスとJR西日本との合弁会社であるTRAILBLAZER(トレイルブレイザー※3)で社外取締役を務めさせていただいていることもあり、観光客の利便性向上のために、交通網をうまく活用していくことに強い興味を持っています。例えば大陸から直行便のある高松空港を活用して、海外からの観光客を高速バスで本州に運び、そこから新幹線で日本全国に移動していただくというような行動ルート、移動ルートをサービスとして確立する、などの取り組みには大きな可能性があると思うんです。とはいえ、ただインバウンドの観光客が安く、早く来られることだけを重視していても本筋から外れてしまいますので、いかに地元のお店を巡ってもらうか、また来たいと感じるような魅力ある体験を提供できるかなど、持続可能な方法を探ることが地方創生に貢献すると感じています。
※3 JR西日本とギックスによる合弁会社「TRAILBLAZER」設立 https://www.gixo.jp/news-press/22886/
観光客のデータを活用することは、一時的な観光の活性化だけでなく、地方創生や日本の競争力向上につながる可能性を秘めています。その第一歩を踏み出すべく、様々な地域の皆様と取り組みを進めていこうと考えています。
漆畑さん、本日は、いろいろと興味深いお話をいただきありがとうございました。非常に面白く、楽しい時間でしたので、機会がありましたら、また対談の企画などをさせていただければと思います。
漆畑:はい。ありがとうございます。色々な取り組みを通じて、各地の経済を活性化していくのは、私自身とても興味がありますので、ぜひよろしくお願いします。